722:狂える精神
「あれ、お前は参加しないのか?」
「精神的にも肉体的にも堪えてるんや。今日くらい休んだってええやろ」
そういえばそうか。俺に相当好き勝手に殴られたうえ、友達が帝国を揺るがす大犯罪者の元締めだったのだ。落ち込みもするか。どうにもこういうときに気丈なやつが周りに多すぎて、感覚がおかしくなる。
「そういやあいつ、自分自身に魔術をかけてたらしいで。自分で自分を操るってどんな感覚なんやろなぁ」
それについては俺も報告を受けていた。自分の精神状態を自分の手で無理やりコントロールする、ちょっとわけがわからない。
精神系の魔術は時間系の魔術と同じく使用例が少ないだけにその研究や魔術の効果の検証はほとんど進んでいない。もっとも、精神系魔術と時間系魔術ではその研究が進んでいない理由に大きな違いがあるが。
時間系の魔術はその使用者がそもそも少ない。アーツの兄貴のハーツやクリスなど、限られた人しか使うことができない完全に才能がものをいう世界だ。一方で精神系魔術が広まっていない理由はその凶悪さゆえ。精神系の魔術は今回の件のように多くの人間を操ることができる。それゆえに大昔から法でその使用を禁じられていた。
大昔から禁術として法でその使用を制限されていた魔術だ、研究者もほとんどいない。数少ない研究者も、医療用の処置の一つとしての研究が多く、こういう戦いのための研究をしている人間はいない。少なくとも、公的な場には。
きっとこの男も、精神系の魔術をこっそりと研究していたのだろう。だから何か、この魔術を使ったことに理由はあるはずだ。
【真】と別れ、男が捕えられている部屋の前に行く。取調のために立っていたのは【滅】だった。彼と共に、部屋の中に入る。
「まさか君が犯人とはな、アイン君」
ガーブルグ帝国帝城付医療魔術師団長、アイン。長年医者としてこの国に仕えてきたらしいが。いつからこんなことを企てていたのだろうか。
「一連の事件のきっかけは、自分の才能に気付いたこと。他人を意のままに操れることを知って、欲が湧いた」
アインは何も聞かれていないのに話し始めた。自分にもう逃げ道がないと悟って、諦めてしまったのだろうか。こちらとしてはその方が助かるのだが、捕まってしまうと人はこうにも呆気ないものなのか。
「研究所は、俺にたどり着く人間を減らすために掌握した。今回の件は……腹いせだ」
実際医療魔術師として接触するユニの口封じにも成功している。研究所の件については納得だ。しかし、今回の事件が腹いせというのは少しこいつにしては適当というか、理由が薄弱な気がする。
この一瞬の印象でしかないが、こいつは計画をきちんと練って、自分の利になるよう動いている。なのにこのタイミングで自分の感情のために軽率な行動を取るとは思えない。
この感じ、わかるぞ。こういうのは【真】のやり方と同じだ。嘘をつかず、話し続けることで重要な情報を海の底に沈めるように隠すのだ。
「なにか嘘ついてるだろ、お前」
「どこがだ? 何もおかしい話はないはずだが」
そこの指摘が俺にはできない。あくまで彼の話に矛盾点はなく、嘘をついているはずだというのも俺の印象に過ぎない。だが、【滅】の表情を見ても彼が同じようなことを考えているのは明白だ。もう少し上手く誘導できれば、彼からの援護も見込めそうなものだが……。
「俺から話すことなどもうない。早いところこの取調を……」
まずい、このままでは。彼のペースに持って行かれてしまう。どうにかしないと。まだ俺が、彼に聞けていないこと。そうだ……。
「ユニにかけた魔術について、話せ」
次回、723:嘘と秘密 お楽しみに!




