720:剣士の本領
「先生……!」
間に合った。理由はわからないが戦況は相当膠着しているようで、ティモニもルーチェルも傷ついていなかった。うまく戦っているらしい。二人とも操られてもいないようだ。二人で抑え切れる程度の魔術師ならば、俺が出てさっさと決着をつけてしまったほうがいい。【真】は許してくれるだろうか。
というか、この男……。見覚えがある。どこかですれ違ったとか、その程度だけれど、その程度ではない。医官の制服と、なにより顔立ちに見覚えがある。
こいつはユニの治療を担当していた医者だ。ということは、こいつが直々に、治療と同時に口止めをしかけていたということか。
少し不自然だと思っていたのだ。いくら危険な目に遭ったとはいえ、あそこまで性急に帝都を出る必要があったのだろうかと。理由はこれだったのだ。全く気が付かなかった。
犯人を知っているにもかかわらず、それを伝えることもできずに近くに付き纏われ続ける。そんな状況ならば逃げ出したくもなるだろう。
男は俺たちを見ると、面倒そうに大きく息を吐く。
「結構すぐに和解しちゃったのかぁ。頑固な君ならもう少し時間を稼いでくれると思ったんだけど」
「俺とレイさんが争う理由はあらへん。お前からはしっかり話聞かせてもらうからな」
そうは言っているものの、【真】の顔色は良くない。俺も相当強く殴ったが、それだけが原因でここまで衰弱はしないだろう。確実にきっかけのひとつにはなっているが。
思えば例の広間で彼に会った時からどこか弱っているようだった。それよりも前にごっそりと体力を、大きな桶でいっぱいに水を掬うみたいに削り取られたような動きだった。
「そうはいかない。この不利な状況、俺が甘んじて受け入れると思うか?」
そう言って、男は俺たちに背中を向けると一気に走り出す。俺だってそうする。この状況、勝てるわけがない。
だが【真】の言う通り、ここで逃すわけには絶対にいかない。この国で起こった一連の事件の元凶、絶対にここで捕まえて、終わらせる。
【真】への目配せ。意味するところは許可と覚悟だ。彼の本懐を、自分の手で友に引導を渡したいという願いを叶えてはやれない。それを認めて、覚悟してもらわなくては。
少しだけ考えて、【真】が頷く。俺との戦闘がなければあるいは、あの男を討ち取れたかもしれない。だがもう無理だ。ここまで走ってきただけ偉いと言っていいかもしれない。
この戦いを見届けられるだけ幸運だったと思ってくれ。この国のためにも、生徒たちのためにも、こいつにこれ以上好きにさせるわけにはいかない。
強い踏み込みで飛び上がりながら、大きく前に出る。左手に構えられた多重の物理防護魔術。ならば望み通り思い切り叩いてやろう。
自惚れではない。奴は俺の顔を見て逃げ出した。なにせ得意の精神支配が全く通用しないとなぜか知っているから。だからこそ、ここで逃げという選択をした。今が好機、立て直されたらもう終わりだ。
飛び降りながら刀を振り上げ、同時に展開された物理障壁に対して叩きつける。少しの抵抗と同時に砕け散る障壁。まあこんなものだ。なおも後退を続ける男の表情からは、どこかやり切ったような、投げやりな感情を感じた。
しかし、だからといって手を抜いていい状況でもない。殺さないことが最大の慈悲だ。刀を持ち替え峰が相手に向くようにすると、もう一歩踏み込んで急接近する。
展開しようとした物理障壁を追い越して、鉄の塊が男に突き刺さる。骨は何本か折った。痛みで苦悶する男の背中まで回り込むと、再び刀を振り上げて峰で首を叩く。これで意識は完全に奪えたか。
「【真】、連絡を頼む。これで、完全に終わりだ」
次回、721:言い訳 お楽しみに!




