710:遊撃隊
屋根の上でもできるだけ体勢を低くし、見つからないように気を付ける。幸い窓はたくさんあるから、兵士の位置もこちらからよく見ることができる。まさか俺が城から出ているなんて、少なくともしばらくは気付かないだろう。この好機を最大限に活かす。
手近な窓を兵士が通り過ぎる。今だ。窓を開けて静かに廊下に入ると、刀の柄で後頭部を殴って失神させる。今更だが、意識はないのに意識を奪うと動けなくなるというのもなかなか変わった仕組みだ。通話宝石でいうと片方を壊せば話すことができなくなるとか、そういう現象なのだろうが、どうにも人同士の関係だと思うと納得できなくなる。
多分俺の侵入もバレていない。最初に気付かれるとしたら、俺の戦闘を誰かに見られるか、もしくは【影】が一人でいるところを見られるか、そのどちらかだ。【影】にも生徒を探しつつ、兵士に見つかるのは避けてくれと言ってある。できるだけ長く敵を混乱させたい。
俺が誰にも見られていないことを確認すると、窓から再び屋根に上がる。今度は反対側だ。今回はスピードが命、誰にも見られないように、かつできるだけ素早く、情報を乱す。
屋根から高い塔に飛び上がり、その途中で窓の側を通っている兵士を見かける。場所、タイミング、申し分ない。空中で無理矢理方向を転換すると、塔の壁を蹴って窓に飛びつく。大きな音を立てずに飛び移るのはなかなか苦心するな。
窓枠に足を掛け、壁の隙間に指をかけ、どうにか壁に張り付きながら中の様子を伺う。壁に激突したときの衝撃はどうやら内側には伝わっていないらしい。それならばと窓を開けると、再び先ほどと同じように兵士の意識を奪う。
きっと混乱が起き始めている。【破】と【縛】にもこの作戦は伝えてあるから、派手に暴れてくれているはずだ。兵士が次々倒されている中、誰もいないはずの廊下でも兵士が倒れていく。この戦場を上から眺めているからこそそれは恐怖だろう。奴の作ったルールを破壊する人間がいるのに、それを観測できないのだから。
これぞ俺の仕事、「遊撃隊」の仕事だ。いくら立場や名、仕事が変わろうと、俺の魔道遊撃隊特務分室に所属している俺、という自分はなかなか消えない。だからこそ、心が晴れやかだ。俺の本領はここだ。こういう戦場だ。
つくづく思う。俺は教師に向いていないと。彼らに伝えられたのはごくわずか。俺に習うよりも、強くなる方法はいくらでもある。それでも彼らは俺を信じてここまで来てくれた。であれば、俺がその信頼に応えるには。できることはただ一つ、彼らを守ることだ。
教場ではなく戦場が俺の本領ならば、ここが、今がその時だ。ここで活躍せずしていつ活躍する。そう思うと、自然に身体補強の出力も上がってくる。内側から燃え上がるようなこの身体の熱さが心地よい。
こうして釣り出せば、焦った黒幕が尻尾を出してくるはずだ。戦況の撹乱もだが、俺の真の目的は黒幕を叩くこと。生徒の保護は特殊部隊に任せて、元凶を潰してこの異変を終わらせる。
ここからは、教師のレイは一旦休業だ。一連の事件の犯人だということはほぼわかっているし、最悪の場合殺しも厭わない。大きく息を吸い込むと、腰に提がった刀の重みがしっかりと感じられた。
次回、711:サイレント・キル お楽しみに!




