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709:天下無双

「未だに情報はなし、ですか。少々やりすぎですね」


 通話宝石を切り、【影】が険しい顔をする。未だに何の情報もないことに焦るのは俺も同じだが、それ以外の何か、別の考えが彼にはあるらしい。


 帝城は広い。とはいえ結構な距離を捜索しているのに俺たちも【破】たちも全く、誰とも出会っていない。先に出て行った【真】からはずっと連絡が来ていないし、どうなっているのだろうか。


「我々の捜索方法からして、誰とも出会わないというのは考えにくいです。おそらく、何者かの力が働いていますね」


 【影】の表情はいつになく険しい。それこそ、【滅】と対峙した時と同じか、それ以上に。実際あの時とは話が違う。俺たちだけの命が懸かった状況と、国同士の関係が崩れかねないこの状況。


 彼らの安全もそうだが、アイラとガーブルグの関係が悪化することも相当まずい。大国同士の軋轢がどんな争いを生み出してしまうのか、想像したくもない。国の規模、個人の規模でいくらでも摩擦は起きうる。最悪戦争になってもおかしくない。


「おそらく、犯人が生徒たちを誘導していますね。操った兵士で我々の位置を把握して、遠ざかるようにしているのでしょう。教本でしか知りませんでしたが、精神感応系魔術の恐ろしさが私にもやっと真に実感できてきました」


 俺もだ。研究所の一件でも相当にその脅威は思い知った。と思い込んでいた。一国の主要施設を完全に壊滅させられる、それだけでも相当に恐ろしい魔術だと考えていたが、そんなレベルの話ではない。精神を乗っ取るこの魔術の真価はそこではない。


 この魔術の本当の強さ、それは複数の意識を同時に持つことができるということ。研究所の中に入った時も感じたはずなのに。この状況になるまで気付くことができなかった。


 複数の人間を集めて、それをまるで群体のように扱うことができる。俺たちはこうして現実の世界の中で戦っているのに、向こうはまるでボードゲームでもしているように、自由に「駒」を動かすことができる。


 要は、絶対的な有利が得られるのだ。越えようのない支配力がある。一人だけ違う世界からこちらに攻撃してくるような、そういう感覚だ。


 天下無双の将も、数の力には敵わない。特に統制の取れた動きで襲い掛かられると難しい。俺も一対一ならば負けないが、囲まれてしまうとなかなか戦いにくくなる。当時の俺が天下無双を名乗っていいかはわからないが、一度目のファルス皇国で身に染みて思い知った。


 皇都の大勢に囲まれて、本当に死にかけた。実際、処刑のために回収されていなければあの場で死んでいただろう。あの時は俺もまだまだ、いろいろと未熟だった。キャスとカイル、それからジェイムには、あのときは本当に世話になった。


「しかし、困りましたね。レイさんならこんなときはどうします?」


 この城という盤面を自在に操るのが敵だ。ならば、やるべきことは一つ。向こうがこれを盤戯だと思っているのならばそのルールをぶち壊してしまえばいい。つまり、ゲームをつまらなくすればいいわけだ。


 方法はいくつかあるのだろう。だが、俺が思いついて、かつ実行できるものは一つしかない。ルールの枠組みを出た、強すぎる駒を放り込めばいい。幸い、俺はそれに向いている。


「生徒たちは任せた」


 城内で駒を動かすゲームでは勝ち目はない。ならば、ルール違反だ。ヒントは既に自分で見つけていたのだ。窓を開け放つと、窓枠に足をかけて屋根に飛び上がる。


 俺自身が生徒を見つけなくてもいい。盤の外に出て、再び別の場所に現れる。とんだルール違反だ。これなら、相手の強みを途端に混乱の種に変えられる。生徒が見つけられれば御の字だ。


 見えてきた、光明が。

次回、710:遊撃隊 お楽しみに!

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