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708:慈悲の心

「案外余裕だったね」


「あまり気は抜きすぎてはいけないぞ。安全が確保されるまでは常に敵地であることを意識しなくてはな」


 確かにロプトの言う通り、兵士の制圧はそう難しいものではなかった。こちらの魔術の射程まで、気付かれずに接近できたのが大きかった。もし正面からの戦闘になっていれば、ここまでスムーズにはいかなかっただろう。


 ここからはもうスピードが命だ。察知されているとしたら誰かがここに来る前に、そうでないとしても次なる戦いを避けるために、急いで演習場に向かわないと。


 さっきの拘束魔術、結構上手くできた気がする。魔力の質をロプトに似せたせいだろうか。今後もああいうことがあるかもしれないし、何発分かストックしておこう。これだけあれば、一旦魔力は元に戻しても問題ないだろう。


「でも、変な相手だったね。捕まえるまで、なにしても倒れないとか」


「おそらく特殊な魔術の影響下にあるとか、そういうことが原因だろう。こちらの魔術を当てた時、肉体の損傷は起こっているように見えたし」


 つまりは、防護魔術でこちらの攻撃を防いでいるわけではないということ。どちらかといえば、自分が撃たれたことにすら気付いていないような感じ。衝撃で仰け反ってこそいた、身体は確かに痛んでいるように見えた。しかしそれを気にする様子は全くない。


 その理由はさっぱりわからない。魔術の可能性はあまりにも広くて複雑だ。それこそ、自分がやったと申告でもしてくれない限りは完全にその手段を特定することは難しい。少なくとも今回に関しては手段の特定は無謀に近い。


「それにしても、君がこんな一般的な拘束魔術を使うとは思っていなかったよ。もっとこう、厳しく相手を縛めるものだと思っていた」


「え、オル君僕のことなんだと思ってるの……?」


 割と皆がロプトに思っていることだと思っていたが。普段の態度や鋭い視線からなんとなく嗜虐的というか、少し攻撃的なのだと思っていた。意外にも、痛覚などなさそうな相手に対しても痛めつけることをせず、安全な魔術で拘束していた。


 特殊部隊の【縛】さんに対してもなにやらかなり害意のこもった魔術を用意していたこともあってそう思っていたが。行動の基準が微妙によくわからない。


「僕は別に慈悲の心を忘れた獣じゃないよ。苦しまない相手に苦しみを与える気はないよ」


 ああ、なるほど。単純に相手への反撃として魔術を選んでいるだけで、人を傷つけたり痛めつけることに喜びを覚えているわけではないということらしい。なんともそれらしいが、それでいてどこか合理的ではある。


 自分が生き残るために、勝つために、攻撃をする。しかしそれは一つの側面。ロプトにとっては敗北の仕返しとして苦痛を伴う魔術を使っている訳であって、それはつまり相手に何かしらの痛みがなくては意味がない。


 だからこそ、この人形のような彼らを苦しめる気はないと。そもそも私に仕返しの魔術で相手を攻撃する趣味はないが、手当たり次第に攻撃をしたいという願望があるわけではないということは理解できた。


 今まで得体の知れないものだと思っていたが、こうして考えの源がわかると少し納得ができる。私の無知が理由で理解できていなかっただけで、理由のある行動なのだ。相手を知ることで行動の理由が……なるほど。


 相手のことを知ることが大事なのだ。そうすれば、私にもできるかもしれない。先生を超えることが。


 ふと、足音が聞こえる。私たちのことを察知した兵士かと思ったが、そうではないらしい。明らかに、規律正しく絡繰りのように正しく動く彼らとは違う様子だった。


「君たち、アイラ王国から来た生徒たちだね。探したよ」

次回、709:天下無双 お楽しみに!

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