69:西部決戦・前夜
「ボク、巨砲事件の首謀者分かっちゃいましたよ」
装甲車でニクスルに帰る途中、シャーロットが静かに口にする。真面目に話しているというよりは探偵気分になって楽しんでいるように見えるが、なんにせよ重要な情報であることに変わりはない。
「王弟殿下ですよ。ご本人ではないとしても、絶対になにか関係があるはずです」
まさか王の弟があんなものを造っているとは。外征派という話をしていたし、まさかあの巨砲でもって大陸を攻撃しようと考えているのだろうか。
「シャーロットさん、疑っているわけではないのですが、王弟殿下が首謀者だと思う根拠を教えてもらってもいいですか?」
ハイネの言うことはもっともだ。あまりの衝撃につい理由や目的を考えてしまったが、まずはその過程が正しいか否かを確かめる必要がある。
「ボクたちが戦った細身の女、あの人は王弟殿下直属部隊の一員なんですよ。それもかなりの実力者で、通称毒の女。身体に巻き付けている聖遺物【夢幻の毒布】も強力だし、手強いですねぇ」
まさかあの女がそんなに王家の近くにある存在だったとは。もちろん王族の側近であろうと独断で裏切っている可能性は否定できないが、それよりも弟の指示の可能性が高い。
だが王族が関わっているとなれば迂闊に動くのも危険な気がする。王族の特権やらなんやらでこちらが事前に消されかねない。
「アーツに相談してからクレメンタインに極秘に知らせよう。王族が関わってるとなるとただのテロじゃ済まねぇ」
なんだか通話宝石を使うのも憚られて、ただこの問題の深刻さに頭を抱えるしかなかった。おそらくこの場の誰もが同じような気持ちのはずだ。相変わらずシャーロットはちょっと抜けた顔をしているが、真面目に考えているのは分かる。
丸一日何の対策も立てられないのがなんとももどかしい。今この時も計画が進んでいたら。あんな化け物じみた物が運用されるようになれば、射程内の大陸諸国はあの恐怖に怯えて生きることになる。
戦闘はあったもののハイネとシャーロットが交代で操縦できたため、かなり早く到着することが出来た。
「レイさん、なんだかニクスルの街の様子がおかしくないですか?」
ハイネに言われて前方を覗いてみると、確かに街の様子がおかしい気がする。平時の街を良く知っているわけではないが、何か異様な雰囲気がするのだ。
「燃えてる……のか?」
何か街の内側で紅い光が灯っているように見える。あの色は炎の色だ。焼けた屋敷なんて飽きるほど見てきたからわかる。
だが、目的はなんだ。装甲車で攻めてきたにしては外壁などが綺麗すぎる。それに中にはカイルとリリィがいるはずじゃないのか。
全速力で装甲車を走らせ、外壁に衝突させるようにして停車する。確実に、ここではよくないことが起こっている。
激しい煙の臭いで、火元がどこかはすぐわかった。急な戦闘や奇襲に耐えられるよう、最大限の警戒をしながら駆け付ける。
簡単に言ってしまえば、そこは地獄だった。街の床からは刃が飛び出し、かなりの量の血が飛び散っている。10mは超えるであろう刃に貫かれた家、そしてそこから燃え広がったのであろう炎。見る者に否応なしに恐怖を与える光景だった。
「カイル、お前……!」
刃の山の頂点、ボロボロになった床板の上にカイルは倒れていた。あちこちに切り傷や刺し傷があり、出血もかなり酷い。
遅れて駆け寄ってきたハイネが【デミ・エリクサー】で傷を塞いでいく。傍に落ちている狙撃銃も両断されていて、完膚なきまでに叩きのめされたのがわかった。
「レイさん、ハイネさん、ごめんなさいっす。リリィさんを敵の手に渡してしまったっす……」
傷が塞がったことでぼんやりと意識を取り戻したカイルが、掠れた声で言う。リリィが敵に攫われた。俺達が出かけている間にこんなことが起こるなんて。
「地面から刃を出す女、フードで顔はみえなかったっすけど、声が女だったっす。そいつに襲われて、リリィさんは街中で魔法を使えず、僕の銃も全て弾かれてしまって……」
「地面から剣……【毒の女】と並ぶ手練れ、【剣の女】ですね。これも王弟殿下の部下です」
カイルの証言で確定したのだろう。シャーロットが静かに言う。これはもう、弟が関わっていることはほぼ確定でいいだろう。
そしてリリィを攫った理由も分かった。彼女の持つ圧倒的な魔力だ。この国の人間の魔力は確かに多い。だが、それでもあの巨砲を運用していくには少なすぎる。あれを動かすにはそれこそ無限に近い量の魔力が必要になってくるだろう。
奴らはリリィを動力炉として使うつもりなのだ。理由までわかると、焦りで視界がぐらついてくる。王弟はリリィのことを何とも思っていない。大陸を滅ぼすまで魔力を搾り取るつもりだろう。
「二人とも、悪いが巨砲まで引き返してくれ。あそこまで運ぶだけでいい、頼む」
現在一番疲れていないのは俺だ。【毒の女】との戦闘で多少消耗したが、戦闘プラス移動をこなした二人よりはいくらかマシだ。重傷だったカイルなんてもっての外だ。
こうなったら一人でもリリィを救い出す。連れて行ったということはもう巨砲を使う準備はできているということ。猶予はそう残されていない。
「まあ待ちなよ。一度落ち着いて室長さんの話を聞いてくれない?」
燃え上がった心を、静かな声が冷やしていく。思えば二日と少し振り、少し不本意だが懐かしく感じてしまう。
「言うからには、何か策でもあるんだろうな」
俺の問いに、よくぞ聞いてくれましたというふうにアーツが笑う。
「レイくん一人じゃダメだ。相手は戦力は分かっているだけでも毒と剣、君が苦手とするものばかりだ。だからこそ、ここは一日休んで、絶好調ではないものの全員で総力戦を仕掛ける」
つまりは一日休むというだけのことだが、これが最善策だと俺も分かる。俺が一人で向かっていれば死んでいただろうし、そうすればこちらの戦力も大きく落ちリリィを救出できる可能性も下がる。
わかっている。わかっているが逸る気持ちが抑えられない。もし今のように、目の前で喪われてしまったら。その時俺はどうなってしまうのだろう。
「安心しなって。こんなに強くて可愛らしい助っ人もいるんだ、俺たちが負けるはずがない」
アーツがシャーロットを指して言う。褒められて満足げに笑っている。こんなのはただの気休めでしかないが、それでも俺の心を少し楽にしてくれた。
「それでは。アイラ王国魔導遊撃隊特務分室総員、とニクスロット王国王女傍付シャーロットにリリィ救出及び巨砲攻略作戦を発令する! 作戦開始は明日、日の出と同時。各員それまで十分に休息を取っておくように!!」
次回からちょっと大規模な戦闘が始まります!
極北の地、その西端で始まる決戦。
【毒の女】、【剣の女】をどのように打ち破るのか、王弟の思惑とは……!?
どうぞお楽しみに!!




