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67:毒の女

「なんか、すごく私っぽくないですか……?」


 確かに、目の前に立っている女は細身で髪の長さもハイネと同じくらい。服装は口から爪先までが隙間なく覆われた身体に密着したもの。言われてみれば俺が戦った時のハイネに似ている。


 手や足、首にも巻いている紫っぽい布が、ハイネの色違い感をさらに醸し出しているのだろう。手錠や足枷が嵌められているのが少し目立つが、それ以外は確かに分からないでもない。


「別にこいつとお前は別人だろ。しっかりしてくれよ」



「は、はいもちろんです! 私が一瞬で終わらせますよ!!」


 スイッチが切り替わったように殺気立ったハイネが強く手を握り締める。相手の心臓を斬り潰す必殺の一撃。急に心臓を潰され生きている者、ましてやまともに戦える者などいない。


 しかし、女は身体をぴったり直角に反らせ、攻撃を避けた。移動中に教えてもらったが、ハイネの禁呪は手のひらを相手に向けた時点の相手の心臓の位置を抉る。つまり理屈で言えば手を向けられた時に咄嗟に動けば致命傷は避けられるのだ。


 暗殺に最適なハイネの禁呪だが、それでも動いている相手には効果を出しにくいという訳だ。


 ハイネが手を閉じるまでという短い時間の中で、この女はぴったり直角に反るという人間離れな業をやってのけた。身体能力だけでも身体補強(フィジカル・シフト)で引き上げた俺のそれに匹敵するかもしれない。


 どうやら一筋縄ではいかなそうだ。俺達に任せられたのはあくまでここの調査のみ。逃げ出してもいいがここに詰めている戦闘員全員に追いかけまわされて無事でいられる気がしない。


 俺にとっては一人の優れた魔術師よりも、大勢の凡人の方がよっぽど強敵だ。相手が魔術師として優れていればいるほど俺には有利だが、そうでなければ俺の強みである相手の強みを消すことが出来ない。


「ハイネ、どうにか行動不能まで追い込んで逃げ出そう。できるだけ早く、静かに。お前の得意分野だろ?」


「限定的に【鏖殺の鎌(インビジブル・デッド)】を解放します。私が動けなくなっちゃったら、その時はおぶってくださいね」


 ハイネが禁呪の別側面を少し解放したのか、まだ包帯の取れていない右腕からじわりと血が滲みだす。だが理性はしっかり残っているし、出血もそこまで酷くない。出力を抑えることで副作用を抑えているのか。


 一応緊急時の手段は既に準備し終えたが、出来ることならば無事にこの女を制圧して帰りたい。


「近接で仕掛ける。援護頼んだ」


 相手の攻撃手段が分からないから慎重に、しかし素早く接近する。とりあえずは何も仕掛けてこない。ならば先手必勝、鋭く連続でナイフを振るう。


 だが女はそのことごとくを身のこなしだけでかわし、おまけに鳩尾に重い蹴りまで入れてくれた。力を込めてなんとか耐えたが、衝撃でかなり後方まで押し下げられてしまう。


 俺がよろけている間に体勢を戻した女は、腕に巻かれた布を俺に向かって高速で伸ばしてくる。形が変わるとかそういう要素を除いても、何かおかしな雰囲気のする布だ。


「ハイネッ!」


 剣と剣とがぶつかり合ったような甲高い金属音。火花を撒き散らしながらハイネの刃が女の布を弾き飛ばしていた。解放が限定的だから威力こそ落ちているが、攻撃を防ぐだけならばこれでも不足ではない。


 それにしても、金属音が出るほど硬い布など聞いたことがない。しかも硬度がかなりあるはずなのに女に巻き付いている部分は上質の絹のように滑らかだ。何かしら矛盾を内包した代物であるのは間違いない。それに。


「ハイネ、あの布に絶対に触れるな。あれにはとんでもない毒素が内在している」


 通常の毒を超えた究極の毒、薬や魔術ではどうにもならない概念で構成された毒のようなそんな空気がした。衝撃波と共に吹き付けた風に含まれていた毒を少し吸っただけでその危険性を感じ取れた。


 触れただけでどれくらい効果が及ぶかはわからないが、例えば腕に当たればその腕は使えず、そこから少しずつ毒に侵されていく。それくらいの強度は余裕である。場合によっては当たれば即死なんてこともありそうだ。


 これは迂闊に接近もできない。刀があればなんとか中近距離戦に持ち込めていたかもしれないが、ないものをいくら頼っても仕方がない。ここはハイネの技量を頼ってナイフ込みの超近接戦闘で倒すしかない。


 ナイフを逆手に持ち替え突撃する。もはや守ることは考えなくていい。布はハイネに任せて俺は攻撃だけに専念する。ハイネも俺の意図を汲んでくれたようで、俺を阻もうと伸びてきた布を全て弾いてくれる。


 再び懐に入るが、圧倒的な身体能力で全て躱されてしまう。機動力だけではなく柔軟性も飛びぬけている。それらが組み合わさることで本来ならばありえない体勢を実現している。


 真面目にやっていては埒が明かない。一気に身体を落とし脚を払う。だがこんな大きな動きが読まれるのは分かっている。しかし飛び上がれば折角の機動力も役には立たない。左手を突き上げ回転しながらナイフを振るう。


 だが高速鋭利なその刃すら身体を逸らすことで躱される。これだけ攻めても一撃も与えられないなんて、格の違いを完全に見せつけられたような気がする。


 逆さまで空を飛ぶなんて即興の曲芸をしてバランスを保てるわけがない。頭を守りながら落下する。


 肩で上手く衝撃を逃がし転がって距離を取る。これは勝てない。実力差もそうだが、俺とこの女では相性が悪い。ここはとにかく逃げ出さなければ。


「頼んだ、ハイネ!」


「シャーロットさん! お願いします!」


 ハイネが宝石を床に投げつけると、複雑な魔方陣が展開される。迸る蒼い光が部屋を埋め尽くし、それが収まった時に部屋にはシャーロットが立っていた。


「このボクをお呼びですか? どんな苦境もこのシャーロットにお任せあれ!!」

二日連続で更新できました!!

できれば今月中くらいは毎日更新していきたいです…!

次回、67:シャーロットお楽しみに!

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