673:誇り高き頂上
「先生、なんだか眠そうですね……?」
「バレたか。ルーチェル、朝飯はどうだった?」
「私は辛いのは好きなので、大丈夫です。でも、ティモニさんとデトルさんは……」
二人ともおのおの腫れた舌を癒しながらふらふらしている。牛乳がいいぞと教えてやると、二人とも食堂へと走っていく。一週間滞在するのだし、慣れてくれればいいのだが。
今朝彼らにダメージを与えたのはおそらくスープだろう。複数の野菜を刻んで、鶏肉と一緒に煮込んだものだが、中には大量の唐辛子が隠れている。
鋭い辛みと同時に野菜と肉の甘みを感じられるのだが、慣れるまでは辛さが目立ってそのあたりはあまり感じられないだろう。俺も最初に唐辛子入りの腸詰を食べた時は驚いた。せっかくの味をよくも台無しにと思ったものだ。
「ルーチェルが辛いものが得意ってのはちょっと意外だな。甘党だと思ってたよ」
「家の料理人の方がガーブルグ帝国に由縁のある方で、それでこのあたりの料理を出してくれたんです」
ガーブルグに由来のある家系か。東方連合国あたりだと随分多くの国から人が集まっていて、情報や技術を交換しているらしい。アイラだとなかなか見ないから、何か事情があって来たのかもしれない。特に興味もないし、ここで詮索するようなことではないだろう。
ふとルーチェルから目を離すと、ゆっくりと食堂に移動しているロプトが目に入る。特にどうということはないという顔をしていたが、どうやら先ほどから辛さに耐えていたらしい。よく考えてみれば真っ先にティモニあたりを揶揄いそうなものだが、異常に静かだった。
「辛い料理を与えれば大人しくなるのですね。いいことを知りました」
何やらオルフォーズが恐ろしいことを言っている。これから騒いでいるところをオルフォーズに見咎められたら腸詰あたりを口に詰め込まれるのだろうか。俺なら美味くて嬉しいが、彼らにとっては酷い罰だろう。
「おや、聞いていた人数より少ないようだ。我に恐れをなしたかな?」
「かか、恐れるとあらば妾であろう! 小童どもは灰も残さんぞ!!」
なにやら物騒な会話をしながら【滅】と【破】が集合場所にやってくる。いくら五人中三人離席しているとはいえ、流石に研修先で灰も残らないほど燃やし尽くされては困ってしまう。
「隊長、張り切って手製のスープを提供しただろう。アイラの方にはあれは少々堪える気がするが」
そう思うならもう少し早く、事前に止めてくれよ。そう思い金属質な声の主、【静】を見るが、彼女はふるふると首を横に振る。なるほど、言うまでもなく止めてくれていたか。しかし【滅】の厚意ともあればなかなか厳しいだろう。
「先生、戻りました!!」
「マジで辛くなくなってビックリなんだけど。……てかこの人たち誰?」
「僕は牛乳飲みたかっただけだから。いや、ほんとに飲みたかっただけだから」
噂をすれば。いなくなった三人が戻ってきた。特殊部隊の方もあと二人で、いや、会議の時に見かけた眼鏡の男が正式な隊員になっているのならば三人か。とにかく、もう少しで全員が揃う。今更ながら、全員から指導がもらえるなんて贅沢なものだ。
「すみません、資料の整理に手間取りました」
「……私も」
「あー、俺もスわ」
申し訳なさそうな顔の【影】と、明らかに本調子ではない二人が入ってくる。やはり眼鏡の男も正隊員だったか。互いに全員揃ったところで、改めて特殊部隊の強さを思い知る。今、一度も刃を、魔術を交えたわけではないがそれでもわかる。
それはおそらく俺だけではない。全員が揃ったところで、初めてティモニの表情が変わった。彼らは誰だ、という問いは、もう彼女から出ることはないだろう。発する気の強さだけで彼らの正体を感じ取ったはずだ。
「では、始めようか」
次回、674:象徴たる力 お楽しみに!




