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668:西方へ

「うおおおおおおおおおおおお!!」


「王都の駅ってこんなに大きいんですね、感動です。だってさ」


 どうやら故郷の村から王都までは行商用の馬車に乗って出てきたらしい。そういえば前にそんなことを言っていたような気もする。つまりは列車に乗るのは今日が初めてということか。


 俺も列車を使った回数はそこまで多くない。他の生徒にも聞いてみたところ、せいぜい簡単な観光のために乗っただけで常用はしていないという。各地を飛び回らなくてはいけない役人ならばともかく、家にいることも多いこの歳ではなかなか国内といえど各地に出向いたりはしないか。


 事前に買っておいた全員分の切符を見せて駅に入る。とりあえず目指すはアイラ王国最西端の州、キデンスだ。なかなかピリついた空気の強い地域だったらしいが、同盟の影響でその傾向も緩やかになってきたらしい。


「ルー、あんたちょっと荷物少なくない?」


「ティモニさんが多いんですよ。何が入ってるんですか?」


「え、必需品だけ入れたらこうなったんだけど……」


 ティモニは極端に荷物が多いし、ルーチェルは逆に少ない。足して2で割ればちょうどいい量になる気がするが、ルーチェルはともかくティモニが認めないだろう。両手いっぱいに荷物を抱えていて大変そうだし、半分持ってやろう。


 そこまでしなくてもいいのに、俺たちに用意されたのは一等車だ。五大貴族の子女が二人もいるとなればなかなか適切な対応かも知れないが、俺としてはほんのり落ち着かない。しかも一車両貸切なのだから。


 ティモニの荷物を乗務員に預けると、適当な椅子に座って早速備えてあったジュースの瓶を開ける。


「うおおおおおおおおお!!!!」


「俺の家より豪華で大きいです、ここに住んじゃいたいなぁ。だってさ」


「電車が家だと、通学なんかの時に面倒じゃないか……?」


 さっきから思っていたが、どこから突っ込めばいいのか。普段からまともなオルフォーズも、今日に限っては気が抜けているのか調子がおかしい。俺が生徒全員の対応をしなくてはいけないのか。あ、そういえば俺は教師、それも当然か。


 とはいえ。皆旅行で少し気持ちが浮ついているのだろう。明らかにいつもと様子が違う。これも旅行の醍醐味といえばそうか。俺も色々な意味で落ち着かない。


 叫び続けているデトルはいざ知らず、オルフォーズも珍しくそわそわしている。特に慣れていないわけでもないであろう一等車がそんなに気になるのか、何度も座り直したり、あたりを見回して調度品を確認したり、落ち着かない。


 逆に普段通りに見えるのはロプトか。さっそく備えてあった食べ物や飲み物を引っ張り出しつつも、今朝からずっと言葉を喪失しているデトルの叫び声を律儀に翻訳し続けてくれている。どこまで合っているのかは知らないが、不思議と間違っている感じはしない。納得できる。


 俺の仲間たちはみんな結構落ち着いているから、こうやって騒がしい中で列車に乗るのは、旅に出るのは新鮮だ。やることが山積みで陰鬱な気持ちも、少しだけ楽になる気がする。


「先生、その、お酒じゃなくていいんですか……?」


 向かいの席に座って来たルーチェルが尋ねる。俺をなんだと思っているのか。そもそも酒は飲まないし、だいいち今は……。


「一応俺、仕事中だぞ。そうは見えないかもしれないけどさ」


「え、あ、すみません……! 先生はきちんとお仕事されてると思います!!」


「生徒に庇われちゃって、恥ずかしい〜」


 ルーチェルもティモニも楽しそうで何よりだ。仕事ではあるが、俺も西方はあまり行かない。ガーブルグに行く用がある時もかなり急ぎで行っているから、こうしてゆっくり過ごすのは初めてかもしれない。これも嵐の前の静けさ。この平穏を、今は楽しむとしよう。

次回、669:キデンス州 お楽しみに!

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