65:【静寂の一刈り】⇔【鏖殺の鎌】◇
「私の禁呪は代々引き継がれてきたものでした。それが禁呪刻印だということも長い時の中で忘れ去られてしまい、半ばお守りのように扱われていました」
そう言ってハイネは禁呪刻印だったネックレスを取り出す。先についている宝石に刻印が籠っていたのだろう。禁呪を移す依り代は基本的に自由だが、ある程度魔力の圧力に耐えられるものでなければならない。
その一般的なものが宝石だ。俺が使う魔導具もそれを利用している。ただ魔力を注ぎ魔術を事前発動するだけならば紙でもいいが、ハイネの家のように長期間保存するには宝石などが相応しい。
「それで、なんで禁呪を取り込んだんだ?」
「ある時郊外に家族で出かけた際、街道で盗賊に会ってしまったんです。弟と私が盗賊たちに身売りに出されそうになって、咄嗟にネックレスに魔力を通しました。禁呪を取り込んだのはその時です」
いつ頃かは確かではないから確証は持てないが、十年と少し前、アイラには街道に盗賊がかなり多く出没したらしい。甚大な被害を見かねた遊撃隊が大規模な掃討作戦を以て殲滅したと聞いたが、きっとそれ以前に巻き込まれてしまったのだろう。
「禁呪を取り込んだはいいものの、魔力の制御の練習を始めたばかりの私は禁呪の入る衝撃に耐えられず暴走させてしまったんです。盗賊は倒せましたが、その余波で父と母も死にました」
ハイネの顔が少し暗くなる。力が暴走してしまったとはいえ、自らの魔術で両親を殺したのだ、いい思い出なはずがない。
それに、初めて血飛沫が舞う様子を見たときの妙に現実感のない、真っ赤な花弁がひらひらと宙を舞うようなおぞましくもどこか美しい光景は俺にもわかる。果てない未来を見ているようなふわふわした気分が通り過ぎ、直後に激しい気持ち悪さが襲ってくるのだ。
不思議なことに、二回目からはその刹那の美しい光景は視ることが出来ない。殺しに狂うような輩は、だいたいその光景に魅せられてしまった人間だと俺は思っている。
「唯一守れた弟には化け物と蔑まれ、絶望した私はそこで気を失いました。そして、目が覚めたときには既にディナルドの傀儡となっていました。確か6つのときです」
そこからファルスの工作員として働かされていた訳か。禁呪を使いこなすまでの訓練はある程度必要とはいえ、戦った感触からしてそれほど休んでいるようには思えなかった。
もしハイネがまともに休息をとり訓練をしていたとしたら、初めて会った時に殺されていただろう。静寂状態ならば殺されることはないが、鏖殺状態だったら死んでいた。
そういう意味ではディナルドには感謝しなければならない。そもそも誘拐しなければ敵として戦うこともなかっただろうし、何とも言えないが。
「今は落ち着いているんだな。そういえば、お前の禁呪はどっちが本来あるべき姿なんだ?」
「おそらく【鏖殺の鎌】の方だと思います。私は運悪く逆側面の魔力特性に適合してしまっただけで」
というかむしろ、ハイネが取り込んだことで【静寂の一刈り】という側面が表に顕れたように思える。鏖殺に近い魔力特性を持っていればもともとそんな側面が発生することはないのだから。
それにしても、なぜハイネは禁呪を受け継いでいたのだろう。あれほど強力な禁呪を造れるような家は大体文献に名が残っているか、現在貴族や魔術家として名が知れている。だがフェイルなんて名前は聞いたことがない。
もちろんどこか有名な家から派生したという可能性もなくはない。もしかしたらアーツの使っている禁呪を生み出したような家の傍系なんてこともあるかもしれない。
「まあ、家とは関係なく、どこか他のところから貰ってきたのかもしれないですけどね。魔力特性も合いませんし」
甚だわからん、といった顔をしてハイネが言う。そこで何か思い出したのか、ふと顔を上げる。
「お話します、なんて言って、結局わからないことだらけでしたね。話す前は分かっているつもりだったんですけど」
それでも俺に比べたらまだいい方だろう。とりあえず禁呪がどこから来たのかはわかっているのだから。俺の力は何由来のものなのか、全くもってわからない。
「レイさんの力は、禁呪とは比べ物にならないくらいに珍しいですよね。魔術ではないのでしょう?」
「多分な。そもそも俺からは魔力を検出できないようだし、魔術なんて使えっこない」
養父も俺が魔力を持たないことに気付いた時はかなり驚いたようだった。しかしそれで全てを諦めるようなことはせず、身体補強という強みを見つけてくれた。
ふと、ハーツに言われた言葉を思い出す。
『君は【リベレーター】なのかい?』
神の息づく時代の英雄が俺と何か関係があるとは思えないが、確かにそれを疑うのは分かる。魔術を消し去るなんて力は今までの歴史の中で【リベレーター】の聖遺物、【破幻の剣】くらいしか思いつかない。
もし本当に何か彼に関係する要素が俺にあるとしたら、いったい俺は何者なのだろうか。もちろん、既にデタラメな存在なのは理解しているが。
「まあ、俺達特務は大体訳の分からない奴ばかりだからな。お互いそう気にすることないだろうよ」
そう。リリィ然り、アーツ然り、理屈のわからない力の持ち主ばかりだ。理屈のはっきりしているカイルとキャスに関してもその強みは常識で語れるものではないが。
「そうですね。私もあそこなら少し気楽に過ごせそうです」
ハイネが穏やかに笑う。弟の嫌悪の視線は、彼女にとっては相当に辛いものだったのだろう。確かに少々おぞましい能力ではある。しかし命の懸かった状況で手に入れた力のせいで肉親にすら冷たい視線を向けられるのは悲しすぎる。
ハイネは笑顔のまま、小さく口を開く。
「あの、レイさん。……私を殺さないでくれて、ありがとうございました」
ぽつりとハイネの言った言葉があまりにも聞き慣れていなかったせいで、少々阿呆な顔になっていたと思う。
誰かを殺して喜ばれることはあっても、誰かを殺さないで喜ばれることはなかった。殺し屋に「殺さないでくれてありがとう」だなんて、似合わないにも程がある。
「お前がディナルドに操られて自分の意思で戦っていないのは分かったし、なにより生を願う目をしていた。特に感謝することでもないだろ」
こんな風に感謝される機会なんてほとんどないせいで、ついぶっきらぼうに返してしまう。偽悪的とまでは言わないが、とにかく自分が『いい人』というような評価を受けるのが妙にむず痒い。
別に悪人でありたい訳ではないのだが、善人と呼ばれればどこか違和感がある。いや実際俺は悪人だ。これまでにいくつの命を奪ってきたことか。
「自分勝手な物言いですけど、私はレイさんがどんな人とかは関係なく、ただあの時消えてもよかった命を消さずにいてくれたことに感謝しているんですよ」
俺の戸惑いを察したかのようにハイネが付け加える。どうやら自分で思っているよりも分かりやすく態度に出てしまったようだ。
「……そうだな」
言われてみればそうだ。結局俺達にとっては相手が何者かなんてことは関係ない。それが自分の味方ならば味方だし、敵なら敵だ。
その人が何を為したかと、自分に何を為してくれるかというのは必ずしも一致しない。そうでなければ『たとえ世界を敵に回してでも君を守る』なんて台詞は存在しないのだから。
まあつまり、俺にとってはハイネはよく笑う優しい少女な訳で、彼女がどんな極悪人であろうと俺の前でそうしていてくれる限りはただ笑顔の美しい女の子であるということだ。
「そろそろ到着です。一応戦闘の準備をお願いしますね」
窓の外を見れば、もう例の結界の中に入っていた。巨砲側から見えないように装甲車を停車させ、銃を握り締める。
「よし、作戦開始だな」
更新遅くなってしまい申し訳ないです!!
次回も少々遅くなりそうですができるだけペース維持できるようにします!
これからもよろしくお願いします




