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659:承諾と奨学金

「せ、先生、随分お疲れですね……」


「ん、まあな。こういう書類仕事は苦手でな」


 最近はどうにか間に合わせるため、寝る間も惜しんで旅行計画書を作っていた。おかげでなんとか形にはなったが、身を削って頑張った結果がこれだと思うと俺の知識と経験の不足に嫌気がさす。


 ドロシー先生にもわざわざ確認してもらったし、不備自体はない。あとはそれぞれの生徒から確認を取るだけだ。なかなか例のない外国への研修旅行、うまく許可がもらえればいいのだけれど。


「ルーチェルの家はどうだ、ガーブルグ行きは許してくれそうか?」


「ウチはたぶん、大丈夫です。きっと大国を見学できるって知ったら、喜んでくれると思います」


 それならよかった。アーツを通じて生徒のある程度の話は通してある。悪いようにはしないだろう。そんな気遣いを無駄にしないためにも、どうにか俺は全ての生徒から許可を勝ち取らないと。


 もちろん彼らのためにガーブルグでこの学校ではできないことをしてほしいという気持ちはある。あるが、なにより俺はガーブルグでの任務を仰せつかっている。これで俺が承諾を得るのに失敗したらどうするのだろう。きっと今それを聞いても信じているとか、そんなことしか言わないのだろうけど。


「み、皆さんはどうですか……?」


「きちんと父上と母上に確認してからにはなるが、九割九分許可は出るはずだ」


「僕もおっけーかな。ウチ甘いし」


「あたしは行くよ、許可なんて知らないし」


 事件を通して少しは親や兄と和解してくれたと思ったのだが、そういうわけでもないらしい。一応形だけでもきちんと許可を取ってきてもらわないと。書類にいきなり親の名前を書き込もうとするティモニを止める。


 まあ俺の、というか顔も知らない人間の一言で変わるほど、彼女の問題は簡単なものではないか。彼女自身がきちんと自分で家族と向き合って、初めて何かが変わるのだろう。自分の言葉に驕りすぎるのは良くないな。


「あ、俺……旅費足りないかもです」


 この世の終わりのような顔をしてデトルが呟く。なにやら静かだとは思っていたが、旅行計画書を見てかかる費用の概算をしていたらしい。


 そういえばデトルは農村出身、外国に気軽に行けるほどの金銭的な余裕はないはずだ。そもそもこの学校の学費も高いだろうに、どうやって工面しているのだろう。実は大きな土地を持った農主だったりするのだろうか。


「デトル君は奨学金を利用しているんじゃないのか? 研修旅行の費用も学校、というより国が負担してくれるはずだが」


「え、そうなんですか!? じゃあ行けます! 十回でも百回でも!!」


 なるほど、奨学金か。確かにそんな制度もあったな。確か入学試験で優秀な生徒に対して学費を無料にするとか、そんな話だった気がする。その「学費」に研修旅行も含まれているはずだ。


 いや待てよ。入学試験の成績や、それ以外での授業の様子を見ても、デトルはそこまで優秀とはいえない。というか、むしろ全体で見れば下の方だ。入学試験で主席だったオルフォーズがなぜ奨学金制度を利用していないのか。


「オルフォーズは奨学金は使わないのか?」


「ええ、慣例として貴族は奨学金を使わないことになっています。貴族であれば基本的に王立学校に通う費用には困りません。金銭的な問題で可能性を諦める人が減るよう、奨学金は辞退することにしているんです。しているんですが……」


 途中まで饒舌だったオルフォーズの口調が、だんだん歯切れが悪くなる。何か困ったことでもあるのだろうか。


「一部の貴族の中じゃ、奨学金の印象が悪いんだよねぇ。僕はあんまり気にしないけどさ」

次回、660:歪んだ正義 お楽しみに!

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