654:持たざる者、持たざる者
「い、てててて……」
「うぅ……。こ、ここは!? アエニアさん!?」
「二人とも、落ち着きなさい。……私たちは完全に敗北しました」
デトルの問いかけに反応するかのようにアティとフェインが目を覚ます。痛みを訴えているフェインの方は、顔が少し腫れている。おそらくは相討ちになった一撃というのが打撃だったのだろう。デトルに本気で殴られたら相当に痛い。
俺にできることはないし、「ストレイ」は全員捕えた。これから抵抗しようとしても俺が止められない速度ではないはずだ。今はデトルのやりたいようにさせてもいいだろう。
「皆さんこんなに凄いのに、なんで王立学校にこだわるんですか? わざわざ先生に教わらなくとも、こんなに強いのに……」
「オマエ、俺たちのこと馬鹿にしてるのか? 入学できたやつに、この気持ちはわからないだろ」
ま、普通に聞けばそういう反応になる。王立魔術学校に入学できた人間が、そうではない人間に対してまあ別の場所でもいいじゃないかなんて言えば、それは嫌味以外のなにものでもない。だが彼は、彼の意図はそうではないはずだ。
「俺は王立学校じゃなくてもいいです。先生や、ルーチェルさんたちのために戦ってくれるのならば、別の学校に行ってあなたたちに席を譲ったっていい。俺は魔術が勉強できれば、どこだっていいです」
教師の俺としてはもう少し俺から学びたいと思って欲しいところだが、余計なことを言えば拗れるだけだ。彼の気持ちもわかっているつもりだし、ここでは口を出さないでおこう。
とはいえ、デトルがここまで考えていたとは。確かに彼は魔術的な才能こそあれ技術は未熟もいいところだった。だからこそ、彼はここを自分の魔術の技術、知識を身につけるための場所の一つとして捉えているのだろう。
国内最高峰の学府に合格したものの入学を取り消され、そのプライドと自信をへし折られた彼らとは前提が違うのだ。どちらが正しいなんてことはないが、今彼らに必要なのは、デトルのような考え方かもしれない。
「つまり、私たちは独学でも技術を鍛えられたのだから、この屈辱を飲み込んで泣き寝入りしろと……?」
アティの鋭い瞳にも動じず、デトルは続ける。
「そうじゃないです。皆さんならどこにいたって輝けるのに、そう思っただけです。ムカつくとは思うんですけど、でもやっぱり、たくさんの人に支えてもらわないと半人前にもなれない俺は、あなたたちが羨ましいです」
これ以上はデトルも言いたいことはないようだ。力が抜けてしまったのか、ふらふらと椅子のそばに向かうとゆっくり腰掛ける。そういえばフェインの魔術で一旦は気絶していたのだった。オルフォーズに頼んで医務室に連れて行ってもらうことにする。
「馬鹿馬鹿しいですね。活躍や輝きなど、私たちの無念に比べれば無にも等しいです。結局のところ、我々の力は振るうことすら憚られるのですから」
そうか、普通はそうなるのか。今考えてみれば俺の仲間でも、特にハイネなどとてもこの学校に入学させるわけにはいかない。どうあっても殺しにばかり使える力を持って、この学校で生きていくことは難しいだろう。
彼らも同じだ。力を伸ばそうとなれば自ずと法に触れることになり、アエニアの場合彼女の身体を危険に晒しかねない。なかなか手を出しにくいのも事実だろう。
廊下から、駆けるような足音が響いてくる。何か緊急事態だろうか。勢いよく開いた扉から顔を出したのは、さっきオルフォーズに介添されて運ばれていったはずのデトルだった。
「俺、やっぱりこの学校がいいです。先生と、それから研究室の皆と勉強したいんで!」
それだけ言いにきたのか、すぐに頭を引っ込めて去っていく。俺としては嬉しいことだが、わざわざ言いにこなくてもいいというのに。デトルが去っていった後の扉を、アエニアは寂しそうに眺めていた。
「いい笑顔でしたね。きっと彼は、本当に他の場でもああだったのでしょう」
次回、655:スパイ・スカイ お楽しみに!




