645:滲む欺瞞と蜘蛛の糸
「こんなことだと思ったぜ」
「ですから私を行かせてくださいと頼んだでしょう。どうするんです?」
もう遅いだろうが、ドロシー先生に連絡しておいたし軍からの増援でどうにか時間は稼げるだろう、むしろ奴らが管制室に釘付けになっているだけ楽かもしれない。
「もちろん、戻るしかないだろ」
それ以外に選択肢はない。ここに敵がいないのであれば、管制室に戻って敵を待つほか俺ができることはない。ここにいても、俺ができることは何もない。
「いえ、そうはさせません」
カラカラと鳴る音。振り向くと、そこには一台の車椅子と、少女が在った。この声、だけではない。その佇まい、落ち着いた雰囲気、全てが「そう」だと言っている。目の前にいる少女が、この事件の首謀者だと。
「やっと会えましたね、先生」
「約束は果たした、ってワケか?」
「ええ、そうなりますね」
本格的に、俺は嵌められたのだとやっと気付く。この女が出てくるとなればそれは一番重要なときだというのはわかっていたが、それが今とは。完全に彼女のペースに乗せられてしまった。
アーツにいいように使われている時と同じ感覚だ。訳もわからないまま、とにかくどう動いても都合がいいようになってしまう。俺がいくら考えても、それすらも勘定に入っている嫌な感じだ。
だが、正直車椅子のこの女に俺とオルフォーズの二人がかりで遅れを取るとは思えない。さっさと制圧して管制室に向かわないと。話を聞くのはそれからでいい。
「悪いが、眠ってもらうぞ」
「あら、本当にいいんですか?」
少女の言葉と同時に、講堂の複数の扉がそれぞれ開き来賓が入ってくる。考えてみれば、スピーチが始まる時間と同時に聴衆が集まるわけではない。それこそ聞き逃せない一席だ、始まるかなり前から人は集まるだろう。
今ここで騒ぎを起こすのはまずい。それこそ、不審者の侵入を知られてしまい、この回がダメになってしまう。今は彼女の指示に従うしかないか。
「では、先生は私の隣にお掛けになってください」
「じゃあオルフォーズは……管せ────」
「いけません。あなたは壁際に立って、先生と他の生徒さん方の連絡役になっていただきます」
歯噛みする一方で、少しだけ安心してしまった。どうしようもないこの状況でも、俺は彼を一人で戦地には送りたくなかった。動かせる一手を封じられた悔しさがある一方で、彼を動かさなくて済んだことに安心してしまった。
少女に指定された通り席に座ると、その出口を塞ぐように少女が隣に車椅子をつける。そんなことをしなくても逃げたり暴れたりはしないのに。
ここまで来てなんとなくわかった。俺はもう引き下がれないところまで飲み込まれてしまったのだと。蜘蛛の糸に絡まり、気付けば捕食を待つだけになってしまったように、これから俺がいくら抵抗しようと、できることはほとんどない。
手と視線でオルフォーズに指示に従うよう示すと、オルフォーズも壁際に寄り、険しい顔になる。彼には本当に申し訳ないことをした。彼の言う通り、最初から一人で戦ってもらっていればよかった。彼のある種の勢いに、物事を任せておけばよかった。
「完敗だよ。どこからお前の思い通りだ?」
「何かが私の思い通りになったことなど一度もありませんよ。私はただ、運を天に任せているだけです」
俺が聞きたいのは運に頼る前、その準備の段階の話なのだが、いくら頼んでもそれを話すことはないだろう。これすらも彼女の策かもしれないが、今は話の中でできるだけ情報を引き出し、どうにかしてオルフォーズに伝えるしかない。
状況的には完全に不利だが、俺にできることが完全になくなったわけではない。とはいえ大きく制限されてしまったのも事実だ、あまり大きな声を出したり大きく動けば目立つし、できることといえば……。
「たくさんお話ししましょう。私、先生とお話がしたかったんです」
次回、646:壊せない檻 お楽しみに!




