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631:俺とお前の普通

 デトルとロプトを連れて学校を出る。デトルは学校敷地内の寮で暮らしていると言っていたし、おそらくあまり王都を歩き回ったことはないだろう。


 最初は同行を嫌がっていたロプトも、俺が食堂のフルーツサンドを買って渡してやると快くついてきた。俺も買ったしデトルにも買ってやった。


 普段は食べることもないような質の良い、そして布団か何かのように柔らかいパンと、甘いが口の中に残らないクリームに挟まれた果物の何と甘いことか。少々値は張るが、それに見合うだけの美味さはある。


「甘いものなんて久しぶりです。こんな手軽に食べちゃって、いいんでしょうか」


「あったりまえじゃん、ここは王都だよ。君もここに来るだけの努力をしたんだ」


 王都は文字通りアイラの中心、この国のあらゆるものが集まる場所だ。食べ物だけでない。優れた文化、知識、人材がここに集まってくる。そしてここにやってくるだけの資格を得たデトルもまた、その優れたものの一部ということ。


 もっとも集まってくるのは優れたものだけではないが。仕事を求め王都を訪れ、しかし職に溢れてまともに暮らせない者もいる。


 大小含めても犯罪組織の本拠地はたいてい王都かその周辺にある。悪意すらもがここに集合しているということだ。そういえば、国の施設に侵入するとかいう賊のことはどうなったのだろうか。結局俺もほとんど足取りを追えていない。


 通りをふらふらと歩いて、リリィの好きな肉まんじゅうを買う。そしてこれもデトルとロプトに分けてやる。


「買い食いに付き合わせるために僕たちのこと連れてきたわけ? 美味しいからいいけどさ」


「ま、半分くらいはな」


 俺も深い考えがあって出てきたわけではない。実際半分くらいは俺の散歩に付き合ってもらっているようなものだ。


 デトルは様子を見る限りほとんど寮から出ずに勉強と魔術の練習をしているようだ。努力は評価するが、今はそれだけではいけないだろう。


 学校の中にいるのはデトルよりも知識と魔力の扱いに長けた人ばかりだ。国内最高峰の学府ともなればそれも当たり前だが、彼の前提と俺たちの前提は少し違う。


 俺たちは王都にいるのが特別優れた人間ばかりではないと知っている。俺なんかは特にそうだ。ただ夢を見て王都に来て、そのまま朽ちていくような人間はいくらでもいた。確かに煌びやかに見えるかもしれないが、それでもここは普通の街なのだ。


 それを、デトルに知ってもらいたかった。彼も特別な側の人間の一人であると、優秀な魔術師になる才能を秘めた一人であると。


「やっぱり、少し故郷が恋しいです。しっかりした石よりも、踏み固められた土の感触が懐かしくなりました」


「じゃ、そん時は演習場に行けばいい。あそこならだいぶ近いんじゃないか?」


 確かに王都も学校の中も大抵は道路が石で舗装されている。農村ではそんなことはないだろう。しかし、懐かしいのが親より土とは、さすがは農家の子といったところだろうか。


「ねー先生、あそこのタルト買ってよ。前から食べたかったんだよね」


「まだ食うのか……?」


 ちょっと軽食を奢ってやろうとは思ったが、俺もここまでは考えていない。それにあれは俺でも名前を知っているほどの高級店。懐の財布を軽く振って中身が十分なことを確認する。


「仕方ねぇな。いつもこうだと思うなよ」


 釘を刺しておかないと毎週高い菓子を奢らされるハメになりそうだ。そこそこ高い給料はもらっているが、それでも近く破産してしまう。研究室の全員を連れてきそうだし。


 せっかくなら俺もと思い、いち早く決めてふらついているロプトをよそに、デトルとともに店の前でメニューを眺める。


「あれ、レイさん……?」

次回、632:お土産 お楽しみに!

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