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629:目覚め

「どうです? 装着に違和感は?」


「ちょっとぴっちりした感じはしますけど……動くには問題なさそうです」


 左腕を完全に覆うように装着された人工魔力回路。これでもしルーチェルが魔術を使えるようになるならば、彼女の人生の幅は大きく広がる。それこそイゾルデがこの研究をした意味が生まれる。


 俺は魔術を使えるようにはならない。そして、俺は少なくとも今はそれでいい。だが、もし使いたくても使えない人がいるのならば。


 ぼんやりと回路が光り、魔力が流れ始める。試作品も見せてもらったが、今ルーチェルが使っているものの方が魔力の漏れが少なく、動きも安定して見える。


「魔力の流れを自分の側に巻き込むようなイメージで操れますか? まずは【魔弾】の元になる魔力の小さな塊を作ってみましょう」


「は、はい。原理はわかります……!」


 ルーチェルは目を閉じる。腕の先に小さな光の粒のようなものが現れて、そして消える。最初から完璧に、というのは難しいか。


 生まれてきた時から魔力が身体に流れている状態と今日初めて魔力を得た状態では前提が全く違う。今ロプトあたりに刀を持たせてもまともに扱えないのと同じだ。むしろそれよりも生きることに強く結びついているのが魔力操作だ。


「難しい……ですね。でも初めての感覚です」


 笑っている。普段から表情の動きが少ない彼女が心底嬉しそうに笑っている。今までできなかった魔術行使という行為に可能性が生まれたからか。


「先輩、これお借りできませんか?」


「残念だけど、それは難しいですね」


 そんなイゾルデの言葉に、今まで静観していたティモニが立ち上がる。ロプトが止めようとするが、その手をすり抜けてルーチェルの側に向かっていく。


「貸しもできないのに、なんで使わせたのさ。ルーがあんなに嬉しそうな顔したの、あたし初めて見たってのに」


 考えてみれば、ティモニは真面目に活動を始める前からルーチェルには妙に距離が近かった。どこを気に入ったかはわからないが、とりあえずルーチェルに何か思うところがあるのだろう。


 とはいえ、ここでのイゾルデの対立はできることなら避けてほしい。ティモニはおそらく知らないのだろう。この研究は既に公表されて、それに目をつけた魔導具の職人や会社は既に販売のための開発に着手している。


 つまりはこのイゾルデの作品が貸し出せなくとも、しばらく待てば人工魔力回路は使えるようになる。どうにか彼女を諫めないと、このままでは……。


「魔力のない方が使う例は初めてですから、安定した使用が確認できるまではお貸しできない、ということです。言葉が足りなくて、申し訳ありません」


 なるほど、そういうことか。慣れるまではイゾルデの観察下で使い、何か問題が起きれば改善する。ルーチェルのためにもそれが安全だろう。


「なんで最初から言わないのよ……」


 一度動き始めてしまったティモニの心は止められないようだ。イゾルデはきちんと説明を果たした。ならば俺がすべきはそのフォローだろう。


「イゾルデは誤解を解いた、今日はそれでいいだろ」


 ティモニの肩に軽く手を置き、落ち着かせる。彼女も気持ちの落としどころを探していただけ。イゾルデへの後ろ向きな感情はあるにしろ、我を忘れて暴走し続けるほどのものではないはずだ。


「そ、そうですよティモニ先輩。私のためにありがとうございます……」


「は、はぁ!? 別にあんたのために言ったわけじゃないから!! あたしはこの女が気に入らないだけで……!!」


「えぇ、でも……」


 なにやら今度はしばらく終わりの見えない言い合いが始まってしまった。こういうとき、ルーチェルは妙に頑固だ。大人しいが、根は結構芯が強いのだろうか。そんな様子をイゾルデたちもにこやかに眺めているようで安心した。ティモニの態度を特に不快には感じていないようでなによりだ。


 一件落着かと息をつくと、イゾルデたちと同じくルーチェルとティモニを眺めるオルフォーズたちが目に入る。


 誰もが微笑む中、デトルだけはその瞳が翳って見えた。

次回、630:アンバランス お楽しみに!

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