61:為政者の娘
「え、二人ともまだ10代なんですか!? 赤ちゃんじゃないですか!!」
客間でシャーロットが大声を出す。毎回こんな反応をされるようだと、これから年齢を詐称した方がいいのではないかと思ってしまう。会う人会う人にいちいち大陸のことを説明するのはさすがに面倒だ。
「大陸ではあなたの歳まで生きている人は少ない。私たちから見たらおばあちゃん」
「おばあちゃん……?」
おばあちゃんという単語に、シャーロットが首をかしげる。まさか、この国には老人すらいないのだろうか。
考えてみれば俺達で言う50代くらいの王すら、まだおじさんの一歩手前という見た目をしていた。それにここに来るまで一人も老人を見ていない。確かに神とそれに連なる者は外見が変わりにくいが、それすらも引き継いでいるというのか。
「まあ、年寄りって意味だよ。別に悪口が言いたいわけじゃないぞ」
キャス辺りにこういうことを言うと怒るから、一応付け足しておいた。年寄りと言われていい気分のする人はそうそういないだろう。
「大陸も面白そうなところですね。ボクも護衛任務がなければ行ってみたいです」
この安寧を具現化したような国から大陸に行けば、その色彩と喧騒に驚愕することは間違いないだろう。シャーロットが目を丸くする様子が容易に想像できる。
「あら、別に護衛任務など放り出してもいいのですよ」
いつの間に客間に入り込んでいたのか、クレメンタインがにこやかに言う。驚いたシャーロットが何度も頭を下げているが、この穏やかな表情を見る限り本心なのだろう。良い主従関係だ。
「話はもう済んだの?」
「ええ、あなた方のお仲間は頼もしいわね」
クレメンタインはどこか意味ありげに言う。キャスが何か突拍子もない話でもしたのだろうか。この戦闘時にしか冴えてくれない頭では想像もつかない。
いままで考えたことがなかったが、戦闘になると頭の回転が速くなるのは、一秒後の生死すら分からないという切迫した状況が影響しているのだろうか。
あの自分の中で何かが切り替わるような感覚は、そんな曖昧なものなのだろうか。次元を無理矢理引き上げられているようなあの痺れは錯覚なのだろうか。
「レイ、ご飯だってさ」
王女と傍付のいなくなった客間で頭を捻っていた俺の肩をリリィが突く。柱時計を見ると確かに夕食が出来上がると言われていた時間だ。
心なしか目が輝いているリリィと共に、食堂へ向かう。大陸領の宿ではかなり手厚くもてなしてもらったし、城ならもっといいものが食べられるのではないかと期待しているのだろう。
だがどうだろう。あの海では航行はできたとしても漁業は難しそうだし、そもそも魚であってもあんな海では住めない。あの雪の中では植物は育たないはずだし、『春』の中で採れる野菜などを使った質素な食事だったりして。
「まあ、あまり過度な期待はするなよ。そっちの方が楽しめる」
食堂から漏れる匂いは俺の嗅いだおぼえのないものだ。香辛料の類だとは思うが、アイラで食べられる代物ではなさそうだ。
「お、二人とも遅いよ。これおいしいから早く食べなよ」
食堂では既に特務分室の面々が食事を始めていた。食卓の上に並んでいたのは俺の想像していたものとは真逆の、豪勢なご馳走だった。
中でも目を引いたのは巨大な肉塊。一本の脚のように見えるがそのサイズ感がおかしい。脚一本で俺の身長を超えているのだ。それを切り取り手もとのソースをかけて食べている。
「え、なにこれ」
驚き半分、呆れ半分、リリィすら口を開けてあっけにとられていた。さすがにこれは規格外すぎる。
「『冬』に出没する魔獣の肉なんだってさ。体長10mは下らない個体がよく出るんだとか」
なんでもないことのようにキャスは言うが、10mを超える魔獣なんていったら大陸隅々まで探しても一体か二体か、それくらいだろう。そもそも魔獣自体が減っているというのに、そんな大型のものがよく出るのか。つくづく恐ろしい。
イメージと味は別だと肉を切って食べてみると、これがなかなかいける。香辛料を多く使ったソースで味が締まるし、違う部位を一度にいろいろ食べられるというのも楽しい。
リリィも口の端にソースがついているのも気にせずもぐもぐと食べ続けている。『春』で採れた小麦でつくったであろうパンも肉に合わせてあり、バスケットからどんどん減っていく。
思えば直轄領からここまでたいしたものを食べてこなかったし、かなりお腹も空いていたのだ。これがもし質素なパンとスープであっても特別おいしく感じたに違いない。
肉とパンを合わせて食べ、乾いた喉を豆スープで潤す。この繰り返しだけでこんなにも食べ物が腹に収まるものだ。結局全員満腹で動けなくなるまで食べ続けてしまった。
「魔獣って厄介なイメージしかないから食べるなんて考えたことなかったけど、結構おいしいんだね。国に帰ったら捕まえて食べてみようか」
確かに興味深い。ただの獣と魔獣の違いは魔力を操れるか否かの違い。その厄介さゆえに忌み嫌われているが、それを除けば他の生き物と変わらないのだ。魔力を操れても、その肉質に大きな違いはない。
魔力を多く抱える器官などは魔道具として利用され、それ以外は廃棄されていたし、食べられる部分は食べるというのはいい試みかもしれない。
「このソースもお肉によく合うし、レシピも教えてもらいたいっすね」
カイルがソースを一舐めして言う。かなり独特な味だが、これは材料云々ではなく素材の割合や量の方に重要なポイントがいくつかありそうに思える。
「じゃあ、後でシャーロットちゃんにでも頼んでみようか」
「お姉がやるなら」
「じゃ、じゃあ私もやります!」
リリィとキャス、それからハイネはやる気のようだ。ソースに興味を示していたカイルも手を挙げようとするが、その肩をアーツが軽く叩く。
「悪いねカイル、ちょっと用があるからついて来てよ。レイくんもおいで。見せたいものがあるんだ」
かなりショックそうな様子のカイルだったが、キャスに後々メモをもらうということで手打ちとなった。アーツはまれに洒落た軽食を作っているだけだし、こういう食事然としたものにはあまり興味がないのだろうか。
まだ少し厨房を気にしているカイルの背を軽く叩きながら、アーツについて城の外へ出る。理想郷というのはやはり完成されたもののようで、空には宝石を散りばめたように星がまたたいていた。
「君たちに渡したいのはこれさ」
アーツが投げて寄越してきたのは一丁のライフル。ストックは特に変わった木でできている訳ではなさそうだが、銃身などの金属部分が青白い。透き通ってこそいないが氷か水晶のようだ。
「なんだこれ、何か特殊な金属でも使ってるのか?」
「これは氷晶鋼って金属らしいよ。極低温でも凍り付かないから『冬』でも問題なく運用できる寒地用の狙撃銃さ」
中折れ式よりも連射性能を上げるためにボルトハンドルを使って装填をする。それゆえにそこが凍り付いてしまっては使い物にならない。
地味な特性ではあるが、ここではかなり役に立つ。こちらに来る前アーツも言っていたが、継戦できるというのは案外大切だ。
「それで、威力はどうなんだよ。せっかく使えてもあの装甲が貫けないんじゃ意味ないぜ」
「一応大丈夫なはずだけど、試してみようか。あっちに使えなくなった装甲車を置いておいてもらったから撃ってみるといい」
その距離、100m強。カイルほどの精度はないが、これくらいならば一撃で機関部分を撃ち抜いてみせよう。
目を見開き身体全体と目を強化し、目標をしっかり見定める。引き金を引く。轟音と共に普段使っている銃より強い反動が腕を襲うが、耐えられないほどのものではない。
それよりも驚いたのはその威力。何が「一応大丈夫」だ。弾丸が装甲車に命中した瞬間、装甲を貫くどころか、大穴を開けて貫通していった。
この距離でこれなのだ。至近距離で撃てば車体が軽く吹き飛びかねない。こんな威力はさすがになかなか見たことがない。
「なんでこんな威力出るんすか……」
「魔獣狩りに使っていた銃に少し手を加えさせてもらったのさ。10m超えの魔獣を殺す銃だからね、もともとかなり火力はあったんだよ」
この国での猟銃か。あの巨大な脚を持つ魔獣を狩るならば確かに高い火力が必要だ。しかし盗賊襲来の際に案内人がそれを持ち出さなかったのはそれでは装甲を破れないからだろう。
猟銃も借りて撃ってみたが、案の定装甲車は少しヘコむくらいで弾を弾き返した。
「ま、猟銃ごときにやられるようには造らないか」
「さて、じゃあ明日から二人には車上で戦ってもらうからよろしくね!」
アーツがにこやかに言って去っていく。新しい相棒を手に、俺も自室へと向かうのであった。
あらすじ大幅変更しました!
これからもよろしくお願いします!




