625:卒業研究
「そういやイゾルデ、研究発表の準備は進んでんの?」
「ええ、つつがなく。リティアちゃんも手伝ってくれてますし」
「研究発表……?」
急に蚊帳の外に追い出されてしまった。そういう意図はないのだと分かるが、それにしても研究発表なんて話は全然聞いていない。必死に頭の中の年間予定表をひっくり返してそれらしい行事を探る。
「戦術科の先生には関係ないですからねぇ。あんまり仲も良くないですし」
そういうものか。それはそうと戦術科と研究科にそれなりの溝があるのは感じていた。会議の時も基本的に座るのは別々。普段関わらないから中のいい教師同士で座ると別れがちだというのは分かるが、俺とドロシー先生と、あともう少しくらいしか科同士で話しているような人はいなかった。
きっと次期校長がどうなるかとか、そういう争いが起こっているのだろう。この間の会議でも聞き流していたが予算の話やら何やらが飛び交っていた。だからこそ研究科のイベントはこちらではほとんど話題にならないとか、そういうことなのだろう。
その点イゾルデを抱えている研究科は立場が強そうだ。研究面でも同盟国への派遣も実行しているし、戦術科の見せ場である交流戦演習も現状支配しているような状態だ。とはいえ王都校のエースでもある彼女を邪険に扱うわけにもいかない。戦術科の憤る気持ちも理解はできるが……。
「ま、科の争いにイゾルデを使うのもな」
イゾルデは確かに優秀だが、それは兄のエルシを思ってのこと。今は利害が一致しているからいいが、必要以上に彼女を縛り付けるわけにはいかない。それは彼女とニクスロットに行った時に強く感じた。
俺たちと彼女は全く別の世界に生きる人間。交わることはあれど、こちらに引き摺り込んではいけない。それは学校でも同じこと。俺たちが扱っていいのは生徒としての領域だけ。それ以上の何かに引き込むようなことはしてはいけない。
「レイ先生、新米だけど意外にいい先生ですよね」
「あら、レイさんはもともといい人ですよ」
「イゾルデがそこまで言うなんて、珍しいね」
いつも物静かなイゾルデとドロシー先生にそこまで褒められると俺も照れてしまう。リティアやハイネのことはイゾルデもよく褒めるが、あくまでそれは対等な友人だから。俺とイゾルデはそこまでの関係ではない。
エルシも妙に俺を気に入っているようだし、その影響だろうか。兄妹似るということなのかもしれない。そもそもエルシが親切な理由もよくわからないが。
「じゃあ、アレお願いしてもいいんじゃないですか??」
俺が首を捻る中、リティアの発言でイゾルデとドロシー先生が怪訝な顔をする。何かマズい流れだ。
そのまましばらく顔を見合わせていた二人は、意を決したように俺の方を見る。二人には世話になっているし、できることなら協力してやりたいが。
「決して悪いお話ではないんです。興味があるならぜひ……」
悪い話ではない割に、妙に歯切れが悪い。別に雑用だろうと荷物運びだろうと俺は構わないのだから、はっきり教えてくれればいいのに。それとも単純な労力以外に困ったことでもあるのだろうか。
「私たちがお願いしたいのはね、来賓の多い中でのイゾルデの警護なんですよ。基本的には何も起こりませんが、たまに……ね?」
熱狂的なファンか、もしくは恨みを持つような人物もいるということだろう。それくらいなら俺にとっても特に問題はない。断る理由もないのだが、この様子だと何か隠しているようだ。別に怒らないからと先を促す。
「いやまあ、レイ先生は気にしないと思うけどねぇ。他の先生から、かなーり怖い目で見られちゃうと思うんですよね、うん」
次回、626:警護隊 お楽しみに!




