621:躍動
後に残ったのは強い風だけ。やっていることはなんとなくわかった。それにしても、一瞬で俺の視界から逃れるとは、なかなかやる。
気配、殺気、そういうものを感じ取る力も大事だが、結局それに加えて相手を目で捉えるのが一番確実だ。特に安易に視力を強化できる俺などにとっては。だからこそ、視界から外れるというのは大きなメリットになる。
一つ問題があるとすれば、その強い風で居場所がバレバレだということくらいか。見られないというメリットは大きいが、一方で再び捉えるのもあまり難しくはない。
まさに嵐の中に佇むといった様子。全身に暴風を纏い空中で姿勢を制御している。今度こそ逃さない。その動きを見切ってみせる。
再び動こうとするティモニを捉え、意識を集中させる。時の流れを限りなく遅くしたような視界の中でもティモニは機敏に動いてみせる。まさかこんな切り札を隠していたとは、恐ろしい。
詳しくはわからないが、とにかく多重に魔術を展開して空中での高速移動と姿勢制御を実現している。足元に反発する気流を発生させ足場を作り、一点に絞った追い風で加速。気流で姿勢を制御し、かつ空気の抵抗を減らしている。
そして移動。圧縮された空気が弾けるのと同時に遠方まで吹き飛んでいく。到達地点にも特殊な気流を用意して速度と衝撃を吸収しているのか。なかなかに面白い。
おそらく、これはこの一連の流れを術式化したもの。方向や速度など調整はしているのだろうが、全ての魔術の発動から管理までを一手に行える魔術師は流石に存在しないはずだ。
加えてこの術式、ティモニだからこそ使いこなせている。空中での姿勢制御、あれは一見簡単にも見えるがイメージは密度の足りない水の中で姿勢を保つようなものだろう。彼女のサボりによって染み付いた身のこなしがあるからこそその速度を最大限に発揮できているのだ。
それにしても「風」か。俺にとってはかなり難しい存在感を放つ系統の魔術だ。さして効果は大きくないが、その一方で巻き込まれやすい。周囲の空気にも影響を与えるからどうしても煽りを受けることが多い。
もっとも、ティモニの風は彼女自身を強化する形のものだ。現状そこまで大きな脅威にはならないが、しかし気になることもある。
「え、なんで先生見えてんの!? キモ!!」
俺もキモいか。残念だ。少し落胆したのが伝わってしまったのか、デトルとロプトが大笑いしている。単純に俺がキモいと言われたのが面白かっただけか。
問題はこの膠着状態をどうするかということ。俺の今の速度では彼女に追いつけないが、おそらく向こうもこちらを刺すだけの有効な手段を持ち合わせていない。あの速さで接近戦を挑まれればこちらも難しいが、あの魔術はそういう繊細な動きに対応していないはず。
なによりも、魔術の制御が難しいだけそこに割くリソースも増える。今ティモニは大した魔術を撃つだけの余裕を持ち合わせていない。確証はないが、確信に値するくらいの自信が俺にはある。
「コレ見られちゃうと話になんないんだけどな……」
身体補強は抑えたとはいえ、少しやり過ぎだっただろうか。1発目で勝負を決めに行かなかったのはおそらく何度かの高速移動で隙を作りたかったから。
迷うところだ。一度目で俺が捉えられなかったのも事実だが、一方で二度目は頑張れば見えたのも確か。しかし俺が手加減することも前提としていたわけだし……。
「悪い、お前の術式が気になってズルした。今回は俺の負けだ」
手を抜くという約束だったのに、身体補強・天火と併せて使う想定の力を使ってしまった。明言はしていないが俺のルール違反で負けとも言えるだろう。
「ちゃんと魔術ブチ込んでやりたかったのに。ま、いいか」
少々不満はあるようだが、なんとかティモニも納得してくれた。俺のズルは申告しなくてもよかったが、それで彼女の躍動を止めたくはなかった。少々私情混じりだが、彼女のためだ。
「あ、あの……先生……!」
次回、622:先を行く者 お楽しみに!




