620:恐怖を知る者
ジェイムからアドバイスをもらったはいいが、その一方で注意も受けた。ただ殺意を見せて気を引き締めさせればいいわけではない。きちんと生徒の状態も把握しないと。
研究室の面々に関しては基礎はできてきた。毎日のように演習を繰り返しているのだし当然といえば当然だ。特に成長めざましいのはティモニ。おそらくは……。
「最近調子いいな、ティモニ」
「ま、まああたしの才能にかかればこんなもんよ」
実際貴族の子女らしく魔術の才能はある。幼い頃から魔術の扱いを習ってきたのだろうという安定した基礎も感じる。しかし、今彼女の強さを支えているのはそこではない。明らかに他とは違う動きだ。
どこにでも当てればいい、ではない。人間の弱点、戦闘の中で生まれた隙、それを鋭く突いている。まさに、実戦を想定した、一撃一撃がきちんと当たれば致命傷になるような戦い方。
ジェイムの言葉が正しいのならば、ティモニが強いのは一度誘拐されて命の危機に瀕したからこそだ。実際それは間違いではないだろう。あの時彼女は自分の死すら覚悟してでも家、特に親に頼ることを拒否していた。あの覚悟と、そこから生還した経験は少なからず役に立っているはずだ。
「じゃあさ、先生。あたしと三段階目で勝負してよ」
一瞬何のことかと思ったが、すぐに思い出す。オルフォーズと約束した話のことか。本気の俺に勝ったら、魔力喰いの秘密を明かすと。
「先輩、勝負ってどういうことですか?」
「せ、先輩!? え、えっとね……本気の先生に勝ったら秘密を教えてくれるんだってさ」
生徒たちがざわめきだす。そんなに俺の秘密など知りたいだろうか。いや、おそらく秘密という言葉が彼らの好奇心を掻き立ててしまっただけだ。俺自身に興味のある生徒はほとんどいないだろう。
「ちゃっちゃと乗り越えて、先生の恥ずかしい秘密、みんなにバラしてやるんだから」
特に恥ずかしいことはないのだが、皆にバラされるというのは少し困る。とはいえ約束自体はしてしまったのだ、もし本当に超えられた時、黙っていてくれるよう説得するしかないか。いずれ王国のトップに立つような人材には明かしてもいいが、そうでもない人に広く知られるのは本意ではない。
さっぱりしたような振る舞いこそしているが、ティモニは賢く芯のある少女だ。俺がしっかり理由を添えてお願いすれば聞いてくれるだろう。そもそも簡単に超えさせる気はないし。
それにしても、いきなり三段階目とは大きく出たものだ。オルフォーズですらまだ一段階目に挑戦中だというのに。しかし、彼とは違う本物の危機を知ったティモニの動きも見てみたい。
「いいぜ、やるか」
この間天火を使ったからか、身体もよく動く。放っておくと銃やら刀がダメになるように、身体もたまには動かさないと鈍るということだろう。そういう意味ではこれもある種天職なのかもしれない。
ルールはいつもと同じ。一本入れるか相手を降参させるかで勝敗が決する。ただし俺が決められた以上の力を出した時、負けを認めることになっている。できれば出力をオーバーさせずきちんと負ける時は負けてやりたい。
今回の審判はオルフォーズ。一段階目に挑む者として譲れなかったようだ。二人とも立場が近い部分もあるし、いいライバルになってくれると嬉しい。ティモニにその気がないようで困ってしまうが。
「マジメ、ちゃんと見とけよ!」
「ま、マジメはやめてください……!」
まあそういう印象になるのも頷ける。オルフォーズとしてはあまり突かれたくはない部分のようだ。俺は別に真面目もいいことだと思うが、面と向かって言われるのはまた違うものがあるということか。
そんなオルフォーズの合図でティモニが動く。次の瞬間、俺の視界からティモニが消えていた。
次回、621:躍動 お楽しみに!




