60:絶対隔絶楽土
俺達が盗賊団と戦うため、必要なのは火力だ。今のところ正面戦闘ができるのはアーツとリリィだけ。しかもリリィはまだ身体が小さいために長時間の魔力放出には耐えられない。ハイネは禁呪を暴走させればなんとか戦えるだろうが、ダメージのデメリットが大きい。
元から戦闘要員ではないキャスとカイルは別として、俺とハイネだけでもどうにか戦えるようにしたい。
「やっぱり銃がいいんじゃないっすか?」
「うーん、あの寒さで凍り付いたりしないかな。なんとかならないか職人の人に聞いてみるよ」
カイルに言われアーツが部屋を出ていく。そう。攻撃魔術が不得手な者や、そもそも魔術が行使できない俺などは結局火力不足を物理的に補うしかない。
「しかし、この国は異様ですね。寿命や魔力が規格外というのもそうですが、色々なものの境界がはっきりしすぎています」
島の内と外の差。島の中での差。力の差。性格の差。様々な差異の分かれ目が明確過ぎる。もちろんアイラ王国の王城と王都の間の壁には結界が張られて遮断されているが、逆に言えばしっかりと境界として区切られているのは城壁などしかない。
来るときに感じていた妙な感じはこれのせいか。コンパスと定規で地図に線を引いて区切った時のように、有無を言わせぬ断絶が違和感を生んでいたのだ。
「いやいやハイネちゃん、境界線が特異だというのは確かだけど、それは大きさだと思うんだよ。何かを仕切る、区切るのが境界ならそれこそ部屋だって明確に造られた境界じゃない?」
なるほど、国に境目はあってもそこに絶対的な断絶はない。大陸とニクスロット王国では国境の本質が違う。国そのものが結界となっていることこそが特異なのか。
そして極め付きはあの庭園。まだ近寄ったことがないからはっきりとはわからないがあれこそ結界の極致だろう。せっかくだからクレメンタインに話を聞いてみるか。
「少し王女に聞きたいことがある。席を外すぞ」
「待ってレイ。私も行く」
コートの裾を掴んでついてくるリリィを連れて部屋を出る。部屋の傍に控えていた侍女に部屋の位置を訊ね、案内してもらう。王女の部屋は最上階から一つ下のフロア。
王族などの身分の高い人の部屋がその階に集まっているのだとか。最上階は祈祷などの儀式に使うらしい。神より高いところには住めないということだろうか。
このあたりの意識は宗教色の強くないアイラで見られることはない。だいたい建国した者がどの神の眷属かによって信奉する神の種類が決まるのだが、アイラ・エルマはどこにも属していなかった。そのため五神を敬う程度になっているのだとか。まあそれすらしてこなかった俺にはあまり関係のない話だが。
扉をノックする。クレメンタインは読書中だったようで、すぐに中に入れてくれた。部屋の中は豪奢といえるほどのものではないが、置いてあるものはどれも上質なものなのが俺でもわかる。
「それで王女様、一階の庭園、あれは何なんだ? 結界のようだが、庭と結界のどちらが先なんだ?」
「あれは聖遺物、【永遠の氷華】によって造られた結界でございます。『春』の礎となっている聖遺物で、あの庭園の小さな範囲にのみ楽土を生成し、結界の周囲にもその影響を及ぼす強力な聖遺物です」
「じゃあ、本来の効果範囲よりも広く影響が出るってこと、なの?」
リリィの疑問もごもっともだ。『春』と庭園に大きな違いは感じられなかった。聖遺物に近い遠いでなにか違いでもあるのだろうか。
「ええ、それはそうですが、本来の結界の中と外とではその本質が違うのです。本来の効果範囲外、つまり余波の影響を受けている部分はただ気候が変化しているのみですが、あの庭園、結界の中には現在誰一人進入することができません。……魔法使い様が仰るにはあれは不完全ではあるものの一種の異界化結界であるとか」
中に入れないのは適合者がいないからか。魔術的な仕組みは想像ができないが、異界化は世界の書き換え、聖遺物に相応しい破格の力だ。
あれの中にいればこちらの世界の影響をほぼ100%遮断できる。ハーツの時間遡行などの通常防ぎようのない魔術であっても無効化することができるだろう。まさに現世と乖離した理想郷、絶対隔絶楽土ということか。
「現在は適合者がいないため護りとしての使い道はできませんが、天候変化のおかげで『春』では農業ができるので、やはりこの国の要なのですよ」
聖遺物が国の根幹に関係しているのはファルス皇国も然り、おかしなことではないがこれは影響力が他のそれよりはるかに強い。それこそ聖遺物を失えば国が立ち行かなくなってしまうほどの。
盤石の守りと安定した気候。欠点がないようにも思えるが、一点が崩れてしまえば国が崩壊する、実は脆い構造なのではないか。
情報を仕入れられたし、お礼を言って立ち去ろうとしたその時、扉が勢いよく開いて少女が飛び込んでくる。
「クレメンタイン様、お茶をお持ちしました!!」
首にマフラーを巻いた、快活そうな少女だ。と言っても俺と同い年くらいに見えるから80歳前後とか、それくらいだろうか。少なくとも俺よりはかなり年上だろう。
「あら、お客様ですか? 私の予想通りですね。ちゃんとカップを3つ、用意してきましたよ」
ふふん、と少女は自慢げに笑う。どのような方法で来客を察知したのかはわからないが、本当に当てたのだとしたら大したものだ。聴音か、カイルのように空間把握に長けているのだろうか。
「ありがとうシャーロット。いつもながらさすがね、頼りにしているわ」
「まあ私、天才ですから。どんどん頼ってくださいね」
開いた口が塞がらないというか、なんというか。すごい自信家だ。ただ天才と名乗るだけの実力はありそうで、魔力量がこの国で出会った人の誰よりも多いことに加えて魔力の流れが魔術を使うのに適したものに調整されているのが分かる。
「紹介が遅れました。こちら私の傍付のシャーロット、元気でいい子ですよ」
その元気な性格が玉に瑕といった感じだが、自信家で少しお調子者なだけで害はなさそうだ。実力はありそうだし場合によっては世話になるかもしれない。
「シャーロットはどんな系統の魔術師なんだ?」
一応聞いておく。背中を預けるにしろ、相対するにしろ、相手のことをしておいて損はない。
「魔術? 魔法とは何か違うものですか?」
まさか、この国には魔術という概念が存在しないのか。この世界にはまだ魔法が根付いている。国民のうち一部しか使えないようだが、それでもこの国には古代の力が残っている。
「大陸じゃ、魔法なんてものはとっくに廃れて魔術って技が一般化している。やっていることは魔法のミニチュアだ。規模も効果も大したことはないが、効率はいい」
本来魔法と魔術はそんな簡単な説明で区別できるものではないのだが、話すには時間がかかるし、わざわざ詳しく説明することではない。
ここにカイルでもキャスでもまともに魔術を行使できる人間がいればよかったのだが、運悪くそれも叶わない。特務には魔術に不自由なメンバーが多すぎやしないだろうか。
「まあ、大陸ではそんな技術が。やっぱり世界は広いものですね」
こちらからしてみれば真逆なのだが。ここまで魔法が残っているとは、世界は広いものですね、だ。
現在大陸では魔法使いの魔法使いたる所以さえ解明されていないというのに、こちらでは敬われてはいるものの当たり前のように魔法が存在する。為すことすべてが大味になってしまうきらいはあるが、それでも基本的に魔術より高位なのは変わりない。
「ごめんね、入っていいかい?」
ノックと共にキャスの声が聞こえる。シャーロットが扉を開けて招き入れる。なにやらクレメンタインと二人で話があるようで、俺達は追い出されてしまった。
シャーロットは残ると言い張っていたが、クレメンタインの頼みで俺達と共に部屋を出た。さすがに警戒心が薄すぎる気もするが、キャスがいれば何かあっても最悪の事態は防げるだろう。
現在空き時間使ってコツコツ書いてます
そろそろ本格的に動き出すのでお楽しみに!
ありがとうございました!




