616:孤独の家路
「私がいては不快でしょう、憲兵本部に寄って帰ります。貴方は妹を、ティモニを頼みます」
一応アインザーも護衛対象、あまり放置はしたくないのだが、彼らの心情を考えるとこうしてやるのがいい気がする。とはいえ、これでアインザーに何かあったら、責任云々は置いておいても申し訳が立たない。
「じゃ、俺が送ろう。これからの話もしたいしね」
見計らったようにアーツが現れる。実際にアインザーと話をつけるタイミングを図っていたのだろうが。俺たちが関わった理由について、取引についてはティモニは知る由もない。彼女がいないところで話を詰めることになるのだろう。
再合流の位置を決め、別れて歩き出す。親切なことにティモニの家、フィゼルリエ家の屋敷の場所までメモには記してあったから迷うことはない。やはり五大貴族と言われるだけはあり、王都のほぼ中心地に家がある。場所的には何度か俺も見たことはある屋敷のようだ。
「これ食えよ、ゆっくりな。あ、別に食いたくなきゃ返してくれてもいいし、捨てたっていい」
戦闘の合間に食べるかもしれないと思って日持ちのするケーキを懐に入れておいたのだ。半分に割ってティモニに渡し、俺ももう半分を齧る。かなり素朴な味だが、減りに減った腹には効くだろう。そこそこ硬めに焼いてあるからそこだけ心配だ。
俺がすぐにケーキを食べてしまうのを見たからか、ティモニも少しずつ食べ始める。歩く様子を見てもかなり衰弱している。必要最低限の食事しか与えられなかったのだろう。
「えっと、ありがとうございました。助けてくれて」
おもむろにティモニが口を開く。礼を言ってはいるものの、そこにはどこか悔しさと怒りのようなものが滲んでいた。結局は、彼女もわかっているのだ。
「礼なら兄貴に言いな。気に食わない部分もあるだろうが、それでもあいつはあいつなりにお前のことを想ってる」
「聞いたんだ、あたしのこと」
「まあ、な。ただの暇つぶしだ」
本当の理由なんて話せば、俺の正体がバレるのは確実だ。それは防がないと。服も装備もいつもとは違うし、ボロを出さなければ気付きはしないだろう。実際、今も俺が「レイ先生」だとは想っていないようだ。
「あたし、これからどうしたらいいのかな。何にも縛られないで生きたかったのに、結局、家に……助けられちゃった……」
今回に関しては兄とアーツのせいで救出が遅れた気もするが、そんなことを話しても誰も幸せにはならない。それよりも、ティモニが前を向けるようにするのが先決だ。とはいえ特に俺に偉そうなことが言えるわけでもない。
「俺の知ってる限りだが、完全に自由に生きてるやつはいないよ。強いヤツは強いヤツで、その強さや信念に縛られてることもある。でもまあ、自分の家から解放されたいのなら、逃げずに戦うしかないんじゃないか?」
自由を得るにはそれに相応しい力が必要だ。大貴族の庇護下から抜け出すのならば、それ相応に強い力が。都合よくそんなものが手に入るわけがないけれど、方法については少し感じたことがある。
アインザーもティモニも、やはり兄妹というべきか、どこか似ている。二人とも何かを想う強い意志があるというのに、いや、だからこそ孤独だ。
「もう少し人を頼れ。お前を縛らずとも力を貸してくれる、そんなヤツもどこかにいるはずだ」
兄も妹も、というか家そのものが人をほとんど頼ろうとしない。俺を信じられないのはわかるが、それでも使えるものはなんでも使えばいいのに。もう少しだけ本気で誰かを頼ればいいのに。俺を監視させる人間を、もう少しだけティモニの捜索に割いていたら。
「そんな人、いるのかな」
「いるだろ。あとはお前が踏み出すだけだ」
皆ティモニと同じだ。何かになりたくて自分の進む道を探している。その道が支え合えるものならば、喜んで力を貸してくれる。ティモニが歩き始めれば、もう皆仲間だ。
「そっか。じゃあ、これが一歩かな」
しばらく立ち止まっていたティモニ。しかし意を決したように一歩を踏み出す。屋敷の大きな門を少しだけ開いて、敷地の中へ。どうやらもう大丈夫そうだ。存外強い女らしい。
「じゃ、またな」
次回、617:朝日の下を駆ける少女 お楽しみに!




