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610:破砕

「やめるんだ」


「いや、でも……」


 ハイネの魔術を解除しようと近付いたところでアーツに止められる。しかし息も苦しそうだ、あまりに放置するのは良くないように見える。先に『暴君』を殺せばいいのはわかるが、しかし……。


 しかし、今はそれに従おう。どうしてもハイネが危なくなったら、その時は俺がアーツに背くことになっても解呪する。


「おそらくは【フラスト】、神経に作用する禁術だね。どこで覚えたのか知らないけれど、随分使いこなしているね」


「1発でバレんのかよ、やってらんねェな……」


 精神系魔術【フラスト】。聞いたことだけはある。身体の制御を狂わせ運動機能と魔力制御を奪う術式らしいが、ここまで大きな効果があるとは。きっと彼に適性があったのだろう。こんな悪趣味な術式にばかり適性があるとは、厄介なことだ。


 なぜアーツは動かない。この状況で。壁が壊れかけているからかわからないが、何かが崩れるような音が続いている。それくらいしか思い当たらないが、それだけで動かない理由にはならないような……。


 ガツン。


「ガツン……?」


 天井あたりから響く、何かがぶつかるような音。明らかに硬い何かが衝突した音だ。


 次の瞬間、『暴君』の頭が吹き飛ぶ。同時にハイネにかけられていた魔術も解除されたようで、呼吸が安定する。まさか、アーツはこれを待っていたのか。


「囮のように使って悪かったね。大丈夫かい?」


「はい……。すぐに落ち着きます」


 文字通り吹き飛んだ『暴君』の頭。十中八九正体はカイルだ。音のした方を見てみると、外まで壁や床を何枚も抜いた穴がある。その遥か奥にはカイルの姿が。


 やっとわかった。ものが壊れるような音の正体は、カイルの銃のその銃身少し下、イゾルデからの礼としてつけられた砲身だ。


 あそこから爆破系の魔術が付与された弾を放ち、無理矢理この奥の部屋まで動かず射線を通してきたのだ。確かあの砲身もミトラによって手が加えられていたはず。それを有効活用することを見越して、アーツは……。


 しかし、それでもまだ疑問が残る。別にカイルではなく俺たちが動いてもよかったはずだ。なぜ狙撃による奇襲にこだわったのだろう。あの『暴君』、確かに実力はあったが、それでも俺たちで叩けばそう苦労はしなかったはずだ。


「忘れているのかもしれないが、君も『名が知れて』いる。全員の立場を守るための選択だと理解してくれ」


 そうか、彼は殺し屋。となれば『魔力無し』の名くらいは聞いたことがあるだろう。そして一般人よりもその姿に見覚え、聞き覚えがあって然るべきだ。


 それがもしアインザーに伝わってしまったら。女王がごく近くに殺し屋を置いていることが明らかになる。俺たちとしてはアインザーはなかなかに殺しにくい。武力で制圧できているからこそなんとかなっているこの状況は、その事実だけで容易にひっくり返る。


 だからこそ、向こうに今以上のカードを与えてはいけなかったのだ。俺が動いたらアインザーもろとも死んでいたのだろうか。いや、終わってしまった今、もうこれ以上言うことはない。


「残りの一人は?」


『様子を察して逃げ始めてるっす。追うっすか?』


「そうだね。追加で人員を向かわせるから、処理後に合流して周囲を確認しておいてくれ」


 そう言うと、アーツはリリィの肩を軽く叩く。外に出てカイルの援護ということか。いざ戦闘になったら援護射撃に回るのはカイルになりそうだが。


 ハイネのダメージこそあったが、ほとんど損害なく俺たちは追撃までもを叩き潰した。そして、はっきりとわかるように周囲の警戒に追加の人員を送った。そこまでされたアインザーの顔色を見てか、アーツは意地悪く笑う。


「伏兵はまだいるのかな。さっきの、『暴君』? だっけ、彼より強いのが出てきたら、俺の部下でも敵わないかもね。ね、どうなのさ」


 追い詰めるようなアーツの言葉についに耐えきれなくなったのか、アインザーはそのまま床に崩れるように座り込む。今度こそ、完全に降参ということだろうか。


「頼む。妹は、妹だけは……」

次回、611:選択肢のない取引 お楽しみに!

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