608:トレイザードの功罪
強者のみ歩ける道、弱者でも歩ける道、そういうものがあるのはわかる。うっすらとした線は見ることができても、俺にその道がはっきりと見えるわけではない。
それがあの王には見えていたというのか。俺たちへの無茶な命令、好戦的な態度、どう考えても弱者の歩める道をわかっている、賢い王のすることではない。むしろ国を滅ぼしかねない愚王だと思っていたが。
「……世界征服。大層なことだが、確かに実現すれば君達の望みは叶っただろう。実際、彼のやってきたことは皆それに向かって進むものばかりだったね」
「ああ。ガーブルグの特殊部隊が機能不全に陥っていると貴方が報告していれば、今やあの国は我らのものだったかもしれないというのに」
「わかっていたから黙っていたんだ。一度事を起こしてしまえばもう時代のうねりは止められない。そうなれば俺たちの計画も全てダメになる」
ファルスへの激しい反撃、ニクスロットとの同盟、ガーブルグへの潜入。俺たちのやってきたことの全ては、戦争の、そして世界征服の礎だったということか。俺であっても少しずつわかってきた。
防衛という名目でファルスの力を可能な限り削ぎ落とし、ニクスロットに先んじて乗り込むことで介入を防ぎ、そしてガーブルグの内情を把握する。確かに、考えてみれば近隣諸国から順に潰していく動きに違いない。
あのまま俺たちが革命を起こしてトレイザードを殺していなければ、そんな未来もあったのかもしれない。もしガーブルグを攻めてその実権を奪ったとすれば……。
「征服と統治、それが乱暴な方法だとはわかっている。しかしその好機が、すぐそこまできていたというのに……!」
アインザーの目からはうっすらと涙が溢れている。それほどまでに叶えたかった、彼らの悲願なのか。そこまでして、世界征服という夢を叶えたかったのか。
「彼は強くない。周囲の国に怯えていつまでも生きることはしたくないと、いつも仰っていた。そんな不安を消し去る唯一の方法が……」
「今は、彼らも仲間だよ」
冷たく言い放つアーツを、アインザーは強く睨みつける。アーツの表情が告げている。そんな反応が返ってくるのは分かりきっていたと。
「人の時代。そう言われれば聞こえはいいですが、結局『超人の時代』は終わっていません。類い稀なる強さを持った陛下が成し遂げた同盟、それはいつまで続きますか? 次代、次々代? 近い将来綻びが生まれるのは明らかです」
「そうさせないためにも、君たちには頑張ってほしいのだけれど」
「立場のある者自らがその地に赴き、そして信頼を築く。そんなことが皆にできるとお思いか……?」
アインザーの言う『弱い者』というのは、そういうことか。決して今までの認識でも間違っていたわけではないが、つまりは凡人を指しているのだ。
キャスは神代、神々の力からの脱却を目指しているけれど、その枠組み自体が非凡な人間の支えによって作られている。本当に人の時代、凡人の時代を作るのであれば、特別な資質、力がなくとも乗り越えていけるシステムが必要だ。
そんな選択を要求されて、彼らは同盟の道を捨てたのだ。授業をはじめるにあたって読んだ兵法の本にも書いてあった。裁く者がいないのならば、観測者がいないのならば、裏切りが最も利益を上げると。
それは国同士の争いでも変わらない。裏切りの奇襲で一国潰して、残りの二国を敵に回しても問題ないほどの利益が出るのであればそれを実行する者が現れてもおかしくない。信頼のある者同士での同盟でなければ、裏切りに怯える現状は変わらない。
だからこその征服か。一度手の内に置いてしまえば、たとえ反乱が起きたとしても鎮圧は全面戦争よりも簡単だ。それは俺たちも参加した、クーデターの鎮圧が証明している。
そこまで吐き出してスッキリしたのか、アインザーの顔はどこか晴れやかだ。人に話せればそれでいいということでもなかろうに、どこか不自然だ。
歪みを湛えたその晴れやかな顔に、アーツが笑いかける。全てを見通したような瞳は、紅く燃えていた。
「時間稼ぎは終わりかい?」
次回、609:最後の手段 お楽しみに!




