607:彼らの平和
「貴方の、陛下のやり方ではダメだ。これだけの決断力と実力を持つ貴方たちに、解らないわけでもないでしょうに」
表情を変えないアーツ。彼は今フィゼルリエと言った。つまりそれは、この男がティモニの血縁であることを示している。歳からして兄というところだろうか。まさか教え子の兄が反逆者の親分とは。
「陛下は、いや貴方は、この国を想っているのか? 私にはまるでこの国を使って、遊んでいるようにしか見えない。理想を叶えるままごとをしているようにしか」
「まあ、それも間違いじゃないさ」
認めるとは思っていなかった。というか、この話に付き合ってやることが意外だった。あくまでこの場で勝利したのは俺たち。普段ならば話を聞いてやる必要も、自分の落ち度を認める必要もない。
それどころか、立場としてはこちらの方が上なのだ。話になど乗ってやらず、いつものように交換条件を提示するなり殺すなりしてしまえばいいのに。今回はそれではいけないということなのか。
やはり奴が貴族、それも五大貴族の一人だからか。ティモニの失踪が秘匿されるように、彼も可能な限り無事な状態のまま帰還させたい、そういうことか。確認するように軽くアーツの顔を見るが、その表情はうまく隠れてしまって見ることはできなかった。
よくよく考える。五大貴族ともなれば影響力は絶大。それは聞いている。それがもし国を揺るがす反乱を企てていたとしたら、その影響はそれこそ絶望的なまでのものになる。
それに賛同する者、空いた席を狙う者、それぞれの思惑が入り乱れて混乱が混乱を呼ぶ。自ら出撃してまでそれを防ぎたかった、自分が出なければ防げない事態だと考えているのか。
「だが、俺がやっていることと君がやろうとしたこと、何が違う? 結局は、国という盤面を使った陣取り合戦だ。君は君の理想のため……いや、それは少し違うか」
「そこまで、わかっているのですね」
「部下の様子を把握するのも王の仕事、そう陛下は仰っていたよ」
実際、王位に就く前でも後でも、キャスの情報収集力には目を見張るものがある。アーツとは少し違う、人の変化や小さく抱いた心の迷いに気付き、そして見守るだけの強さがある。つまり、今回の件に気付いたきっかけは……。
「陛下が人の上に立つ人間の素質を持っていることは疑いようもない。しかし、私にはどうしてもあの方がこの国に生きる人を見ているとは思えません」
そんなことはないと思うのだが。キャスは確かに圧倒的な存在感を放っているから近付きにくさを感じることもあるだろう。しかしきちんと俺を人として見てくれていたという感じはある。
なにせ俺のわがままのために異形との決戦の時も出撃を許可してくれた。国を揺るがす事態においても、俺という個人の気持ちを限りなく尊重してくれた。そんなキャスが、人を見ていないなんてことは。
「見えてはいるのかもしれません。しかし、陛下は強すぎる。ゆえに、我々弱い者の気持ちは、きっと解らない……」
消えいるような声でそう言うと、男、アインザーは力なく椅子に座り込む。力を失ったわけではない。むしろ、その瞳からは強い意志の力を感じる。きっと力を支えるだけの気力を失ってしまったのだろう。
確かにキャスは強い。完敗ともいえる状況から見事に王座に返り咲いた。それを支え続けたアーツもさることながら、忍耐と準備を絶えず続けてきたキャスの力は相当だ。確かに常人とはかけ離れている。
「愚かな部分もありましたが、それでも『あの方』は幾分か人間らしかった。国の大部分を占める弱者にもできることをわかっていた。だから……」
「だから君は彼を継いだのか。前王、トレイザードの意志を」
次回、608:トレイザードの功罪 お楽しみに!




