600:口封じ
「なるほど、それは大変なことだ。妹と助手を巻き込むわけにはいかないね」
少々拍子抜けしたという様子ではあったが、捜索対象が対象なだけに興味は失わないでくれたようだ。名探偵と呼ばれる彼だ、すぐに見つけてくれると良いのだが。
「しかし、そんな事件なら真っ先に憲兵から私に連絡が来そうなものだけどね。焦り過ぎて忘れられてしまったかな」
「多分、俺と校長、それから憲兵上層部しか知らないからじゃないか? 他言無用って俺も釘を刺されたし」
おそらくエルシにすら頼るなと、フィゼルリエ家の方から依頼があったのだろう。実際エルシと関わりのない彼らにとってはただの民間人に過ぎない。情報を売って逃げるかもしれないと考えてもおかしくはない。
だからこそ、俺がここに来たのだ。契約違反なのはわかっているが、それでも俺には彼の力が必要だ。
ふと顔を上げると、エルシの顔色が少々悪くなっている。やはり、こんなことに巻き込んでしまったのは良くなかっただろうか。
「そういうのは事前に確認してくれたまえよ。……まあ君からの依頼だ、受けるけどもね」
「悪い、今度から気をつけるよ」
俺の方も少々配慮が足りなかった。素直に申し訳ない。ある意味での危険が大きい仕事だと、最初に伝えておくべきだった。
一時は曇ったエルシの顔は、しかしすぐに明るくなった。切り替えが早いというかなんというか。きっと何か思いついたのだろう。なんだか嫌な予感がする。
「ということは、君は私を口止めしければいけないわけだね。私は探偵、依頼人の秘密は守るが解決した事件については誇らしげに話してしまうかもしれない。さあ、どうする?」
一瞬刀に手が伸びかけるが、言葉の真意に気付いて止める。口止めというと殺すことばかりを想像してしまうが、そうではない。依頼料の他に金を積めということだ。
「200万だ。特殊な依頼だから『上乗せ』して払おうと思うんだが」
特務分室時代の給金はそれなりに残っている。痛くない出費かと聞かれればそんなことはないが、かといって払えない額ではない。これで了承してくれればの話だが。
「それはありがたい。仕事にも精が出るね」
とりあえず、口止め料はこれでいいということか。あとは結果を待つしかない。今わかっている情報を、できるだけ正確に、そして隅々まで伝えると、それだけで疲れてしまった。これを元にいろいろと考えるとなればそれ以上だ。とても俺にはできない。
お茶を飲み、一息ついたところで出て行こうとする俺を、エルシが呼び止める。何やら手伝って欲しいことがあるらしい。そう言われて連れて行かれた部屋には、家具がいくつか放置してあるだけ。
少し待ってて、と言ってエルシは出て行ってしまった。いったいここで何をするというのか。
しばらく待っていると、ジョルジュとイゾルデを連れたエルシが戻ってくる。どうやらこの部屋にある大きなソファを外まで運んで欲しいということらしい。わざわざ俺に頼まなくともどうにでもなりそうなものだが。
「いいから従ってくれたまえ。悪いようにはしない」
そんな真剣なエルシに圧され、従うことにする。悪いようにはしないというのだから、手伝えば何か俺に益があるのだろう。
エルシの指示通り、イゾルデの補助も受けながらソファを外に運び出す。こんな簡単な仕事で何が起こるというのだろうか。
「やっぱりレイさんに頼んで良かったです。学校で会えるからと、こんなお願いをしてしまってすみません」
にっこりと笑ってイゾルデが言う。俺はこんなこと頼まれていない。というか今日はイゾルデと顔を合わせてすらいない。急に何が始まったのかと思ったが、先程のエルシの言葉を思い出し、なんとか口を開く。
「この程度、気にするなよ」
「そうかい? ではまた頼もうかな」
「俺一人じゃ大変だったんで、大助かりです〜」
なんだこの茶番は。おそらくイゾルデとジョルジュは俺が部屋で待っている間にこういう演技をしろと頼まれたのだろう。だが、全く意図が読めない。そう思ったその時、こちらの様子を伺う気配を感じた。まさか……。
「おい、もしかして……」
「ああ、彼らはおそらく憲兵だね。フィゼルリエにとっての不安要素である君を監視にきたのだろう」
学校にいる間も、気配はほとんど感じなかった。それもそのはず、憲兵などこの辺りにいくらでもいるのだ。そこらですれ違っても気付けるわけがない。
それがこうして明確に俺の監視のための人員を寄越してきた。つまり外部の何者かに俺が接触することは想定済みだったということか。彼らはその疑惑を解くために、一芝居打ってくれたというわけだ。
「結果は必ず君にわかる形で送る。それまで、君もゆめゆめ気をつけたまえよ」
次回、601:進展する事態 お楽しみに!




