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4:神聖の光剣

 ややハスキーだが、女とわかる声。見ればハーグの亡骸の元に、一人の団員が跪いていた。民衆の統制を取り戻した団員が戻ってくるのでは。そんな予感は見事に当たり、疲弊した俺の精神と身体をさらに重苦しくさせる。


「俺じゃねぇよ。アーツとかいうやつがやったんだ。あっちに行ったぜ」


 団長のハーグすら圧倒したのだ。多分この女も大丈夫だろう。早くそっちを追ってくれと思っていたが、そんな願いも望み薄か。


「あの男は……私が探して見つかるような男ではない。なにより、裁くべきは陛下を殺した貴様だ」


 アーツの部下が来たら、そいつに押し付けてさっさと離脱してやる。それまで耐え抜けばいい。


 互いに抜剣する。この女も剣士だったのか。太陽のような輝きを放つその剣は、俺のものよりも細く、しかしただでは折れない強靭さがある。


「【神聖の光剣】イッカ、いざ参るッ!!」


 裂帛と同時に蘇る記憶。いつか養父に読まされた創世記、あれにも出てくる剣だ。光を司る神、それが生まれた聖地に注ぐ陽光を凝集させて成った剣。


 もしこの女が嘘をついていないなら。いや、わかる。嘘ではない。あの輝きと存在感はただの武器ではない。おそらく、伝説通りの光剣だ。


「邪を穿つ神聖なる陽光よ!」


 黄金の細剣から撃ち出される光球。初等魔術の【魔弾】とは似て非なる、桁違いのエネルギーを秘めた弾丸だ。ハーグのものほどではないが、熱の籠った弾丸の飛来に、思わず刀を振るう。


 光弾を弾いた刀が、じわりと焦げ付く。すぐに壊れることはないだろうが、あまり受け続けているとダメになってしまうかもしれない。


 刀の状態に意識を向けたのを隙と捉えたか、イッカが一気に距離を詰めてくる。驚くべきことに、剣が光の尾を引いている。どういう仕組みかは知らないが、剣の軌道が数瞬、空間上に残るらしい。


 そして高速の連撃。俺もそこまでのろまというわけではないが、使っている刀そのものがそこそこ重い。細剣を相手するとなると、動きについていくので精一杯だ。と、思っていたのだが。


「あんた、その武器使いこなせてないな」


「何を……!」


 慌てたように、イッカが後ろに飛ぶ。どうやら図星だったようだ。


 打ち合っている時に覚えた違和感。やっぱり剣本体も熱くて、刀で受け続けるのもまずいなとか、そんなことだけではない。


 数瞬残る軌道に自分自身の動きを阻害されていることに気付くのに時間はかからなかった。単純な剣の巧さでは、おそらくは先程のハーグを超えているようにすら思えるのに、その実力がたびたび曇るのだ。


 欠点を指摘されたことで、安易に攻撃をしなくなったこと自体は助かった。しかし、俺も右手の刀もそれなりに疲弊している。それに感付かれれば一気に攻め倒されるだろう。


 息を吸って、熱くなりすぎた脳を冷ます。そうだ、俺は今日のために散々道具を持ち込んでいるのだ。これを活用すれば時間稼ぎくらいはできるはず。


 懐のナイフを三本取り出し、投げつける。思い切り振り抜いたナイフは当たれば致命とまでは行かずとも、相当深く突き刺さるはずだ。だからこそ。


 そう、こうして剣で弾かざるを得ない。その一瞬の隙が欲しかった。比較的広範囲に炎を拡げる魔術、【バースト・フレイム】の籠められた符を地面に叩きつけ、炎の壁を作る。この壁の利と、心理的な束縛は見た目以上、のはず。


 今、この壁の向こうでイッカは考えているはずだ。俺がどうしているのかと。まだここに留まっているのか、それとも逃げ出しているのか。しかし、後者の可能性が少しでもある以上、彼女は動かざるを得ないはずだ。


 思った通り、炎を切り裂いて彼女はやってくる。この瞬間を待っていた。急に開けた彼女の視界の大部分を埋め尽くしていたのは黒い銃口。俺の構えている散弾銃だ。銃身を切り詰めているから集弾はしないが、それがここではこちらの利になる。


 咄嗟に身体を捻るイッカ。だが散った弾は彼女の左肩に突き刺さる。一発しか当たらなかったが、一撃だけでも入れられれば御の字だ。


 やはり魔術師の防御は魔術に傾倒している。魔術を用いた物理的な攻撃手段はあるが、多くはない。彼女のマントにも、やはり銃弾を防げるほどの物理防御は付呪されていなかった。


 体勢を崩したイッカは、俺の追撃よりも早く風を起こす魔術で土煙を立てる。俺が振り払うこの一瞬を作りたかったのだろう。隙を見せる方が、目に砂が入るよりまだマシだ。


「神光迷彩……!」


 少し遠くでイッカの声。迷彩と言うからには隠蔽系の魔術、特に自分の身を隠すものだろう。俺の知らない魔術だし、聖遺物に関係するか、ハーグのもののように古い魔術なのかもしれない。


 土煙に紛れて、イッカは消えてしまった。あの程度の傷で俺を置いて逃げたとは考えにくいし、なにしろ肌に刺さる殺気が一切消えていない。


 気配も消せない暗殺者は三流だ。そういう意味ではこの女はそれにも満たない。だがここまで空間全体に殺意が満ちていれば、気配を悟られることもない。実際今もどこにいるのかわからないのだから。


「こんなめちゃくちゃな戦い方したくねぇが……」


 やるしかない。持ってきた魔術符やらを後方に投げ、多重の爆発を起こすことで退路を無くす。同時に、イッカも俺の正面。視界に入るところからしか襲ってこられないはずだ。こうすれば、勝機はまだある。


 この状況で俺が奴の隠蔽を看破できるとすれば、それは魔術の影響が及ばなくなる要素が発生する、その一瞬しかない。そしてその瞬間は、もうすぐ、必ず来る。


 視界の右の方、見えた。一滴の赤い雫が落ちるのが。やはり隠蔽魔術の効果が適用されるのは自分の延長線上にあるものだけ。影響を離れた血液は見ることができる。


 咄嗟に傷は塞いだのだろうが、出た血はどうにもならない。その溢れた血に向かって小さな針を投擲する。


 細いぶん、察知しづらく避けにくい。だがその効果は絶大だ。昔大枚叩いて作った特注品。中には俺の血液が入っていて、刺さればそれが注入される。


 慌ててピックを投げ捨てたようだが、遅い。体内に入った俺の血は、魔術の起動を阻害し魔術行使をできなくする。はずなのだが。


 一向にイッカの姿が見えないのだ。魔術行使ができなくなることを知らないはずのイッカが隠れるとも考えにくいし、魔術が途切れていないと考えるのが自然だろう。


 だとすると、俺の状況は一気に悪くなる。一度使ってしまった以上血は丁寧に隠されるだろうし、新たな判別の手段を探さないと。俺の懐の中に何かいいものがあっただろうか。


 胸や腹に当たるわずかな感触で何が使えるか考える。拳銃は、連射はできるがどうせ当たらないからダメだ。風の魔術符なんて今は使えないし、縄も何に使えばいいのか。いや……。


 ゆらり。背後から視線を感じる。炎と煙で遮られているはずの向こう側から、しかし確かに見られているという感覚がある。そんな得体のしれない視線なのに不思議と不安は感じなかった。


 そして響く銃声。やはり、直感の通り狙いは俺ではない。赤い華が咲き、空間が歪むようにイッカの姿が現れる。右腕を撃ち抜かれている。驚いたことに、鉛の銃弾で。


 この弾の主は俺の味方だ。そう信じるしかない。炎の壁を飛び越えて、銃弾を放った人間を探す。


「お前は……?」

消耗したレイを救った弾丸、その主は……?


次回、5:邂逅・その2 お楽しみに!

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