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593:生きることと殺すこと

「授業設立の目的にも記されていますが、あくまで『戦闘術』は戦いの基礎を知り、死なない人間を育てるためのものですよね」


「だから俺は……」


「貴方の『生き方』は、相手を殺すことばかりだ。まず教えることが殺しなんて、そんな残酷なことはないでしょう」


 開きかけた口が、そのまま固まる。やっとわかった。この男が、なぜ俺のことをここまで嫌うのか。そして、俺がなぜ今までそれに全く気付かなかったのか。


 アンガーレと俺では、生きてきた世界が、持ち合わせた常識が悲しいまでに違うのだ。どちらが正しいわけではない。ただ溝が大きすぎるが故に、互いを認めることができないのだ。


「あまりこういうことは言いたくありませんが、隠しきれない粗野な言葉遣い、左目の傷……。貴方、『まともな活動』をされていた方ではありませんね」


 図星、ビンゴだ。まさかそこまで見抜かれてしまうとは。俺も本気でもう少し振る舞いを気にした方がいいのかもしれない。至極面倒だが。


 完全にペースを向こうに握られてしまった。それもそのはず。この場では、この学校では彼の方が正しいのだ。俺は招かれざる者、ここにいるべき人間ではない。急に逆らう勢いと気力を失ってしまった。


 否応なしに理解させられたのだ。俺をよく知る人間ならまだしも、ほとんどの人間は俺がここにいるべきではないと考えるはずなのだ。彼はそれを代弁しているに過ぎない。ならば、もう取り繕う必要もないだろう。


「だいたい想像通りだ、俺が悪かったよ」


 そう言って天井を見上げると、やけに気持ちがよかった。


「だがな、いくら理想を唱えようが死は理不尽に襲ってくる。それに抗う術は多くない、例えば、相手を完膚なきまでに殺すとかな」


 外には聞こえないよう声量を抑えたが、聞こえていてもどうせ彼らだ。そこまで驚きはしないだろう。アンガーレの言うことが本当ならば彼らにも俺らの本質がバレているだろうし。


「意図していたわけではないのでしょうが、本音が聞けてよかったです。一応、こちらをご覧になっていただけますか?」


 渡されたのは色々な数字が書かれた書類。あまりの情報量に頭がくらくらして、書類を机に置く。そんな様子を見兼ねてかアンガーレが口を開く。


「それは、王立魔術学校を卒業して実際に貴方の言う実戦に身を投じる生徒の数です。その数は10年で5人、あくまで試算ですが」


 そう言われると、書類を読むのも少し楽になる。要は、この書類には王立魔術学校の卒業生の進路とその割合が細かく書かれているのだ。言っていた通り、軍に入り、かつ命を賭した戦闘をすると予想されている生徒の数は相当に少ない。


 あくまで前線に出るのは軍の中でも位の低い兵士だ。王立学校を卒業するようなエリートはほとんどがユニのように位を上げ、前線に出ることはない。確かに、俺のような戦い方を身につける必要はないかもしれない。


 言いたいことはわかる。戦場に出ないであろう学生にわざわざ殺しなど教えて、もし俺のようになったらどうするのかと。この国を乱すような存在になってしまったらどうするのかと。


「実際、兵士の強さの大半はその装備が担っています。その扱いや具体的な戦術も軍に入れば否応なしに叩き込まれます。であれば、これ以上のことが必要なのでしょうか」


「今を生きるだけなら、それは必要ないだろうな」


 ひっきりなしに戦いが起こる国ではない。そんな中で血みどろの、殺しを教える俺は異質で忌むべき存在だろう。それは分かった。だが、一方で気付いたこともある。彼の論拠はいつ崩れてもおかしくないものだと。


「あんたのその安心感、その地盤は親衛隊だな?」


「え、ええ。最終的な戦術的手段としてあれ以上のものはないでしょう」


 その前提が、こちら側とあちら側ではっきりと違うのだ。既に親衛隊の一角が瓦解していると、そして新たにその座を埋めるべき人間が必要だと、彼らは知らない。


 しかし、それを言ってはアンガーレを余計な諍いに巻き込む可能性もある。話してみてわかったが、彼は決して俺に嫌らがせをしたいだけの人間ではない。きちんと王立学校の在り方を、この時代の生徒の在り方を考えている。そんな彼を巻き込むのは不本意だ。


「親衛隊がどうやって選ばれているか、わかるか?」


「詳しくは存じ上げませんが、噂によれば国の中でも優れた才と技術を持つ者が極秘裏に招聘されるとか」


 ま、俺も知ったことではないが。しかしおそらくはその答えで違わないだろう。問題はその方法ではない。


「じゃあ、その『優れた才』を持つ人間はどこに集まる? ……ココ、だよな。非凡なヤツが、今のままで非凡になれるか? 俺はそうは思わねぇな」


 取り潰されたくないから、こうして反抗しているわけではない。これはここまで俺を導いてくれた皆の言葉が、そのまま出てきたようなものだ。


 アンガーレが平和の中を生きる市民の言葉を代弁するのなら、俺はキャスやオルダー、この国未来を見て足掻く人々の言葉を代弁する。


「だから、あんたに聞きたい。ここは、誰を育てる場だ?」

次回、594:出すべき答え お楽しみに!

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