591:決戦の日
「来たか……」
鋭く息を吐いて演習場へ向かう。あの後ロプトも含めた研究室の皆に色々と手伝ってもらった。これでダメならもう教師の才が全くなかったのだと諦めよう。
演習場に入ると、既に視察員、ハルモン・アンガーレは壁の側に立っていた。今回は予告している分、最初から見せてもらおうということだろうか。いいだろう、受けて立つ。
「一回でそう上達するわけでもないだろうからな、今回も前と同じ組で演習してくれ」
他の生徒には申し訳ないが、今回は無理なく研究室の皆に教わったことを活かせる授業形式にさせてもらう。ここを切り抜ければ自由にやることができるのだから。
『指摘されたのであれば、学生の学習範囲内での指導をすべきですね。教員には主な学習内容の目安が記された冊子が配布されるはずですから、目を通しておくといいかもしれません』
オルフォーズの言う通り、国が示した主な学習内容というのが細かく書かれた本は校長から受け取っていた。ほとんど確認していなかったが。しかし、今は違う。今日までの間にしっかりと読み込んできた。
一つ問題があるとすれば、この『戦闘術』の授業に関しての記載は未だないということだ。だからあくまで他の内容を参考にして教えていい範囲を類推するしかない。
まあ、これに関しては大きく失敗しなければ問題ない。なにしろ決まり自体がないのだ。アンガーレが絶対なわけでもないし、解釈の問題といえばなんとでもなるだろう。そう言ったロプトほど口は達者ではないが。
「一撃入れて安心しちゃダメだぞ。常に自分が攻撃する順番、って意識を忘れずにな」
「相手に攻撃させないってことですか?」
「そうだ、よく理解したな。攻撃を受けないためには攻撃させないのが一番だ」
なんとか準備通りうまく話すことができた。
『や、やっぱり、褒めてもらえると、やる気が出ます……』
こういうことでいいのだろうか。ちらりとルーチェルの方を見ると、大丈夫だと言うように少しだけ目を動かす。器用なものだ。
今はここにはいないが、ティモニの言っていた技術ではなく心持ちから説明するというやり方もうまくできていたと思う。いい調子だ。このままいい授業を見せつけてやる。
アンガーレの方に目をやるが、その表情に特に変化は見られない。どちらかと言えばここに来た時から不機嫌そうな顔をしていたから、最初から不機嫌なままということになってしまう。まだ何かいけないことがあるのだろうか。
そういえば、忘れていた。この間の授業で魔術を避けようと苦心していた生徒の側に行き、一度相手を代わってもらう。
『やっぱりお手本見せてもらえると参考になりますね!!』
デトルの言う通りだ。色々教えたところで彼らのレベルで実演してやらなければ何もわからない。俺の感覚ではなく、生徒たちの感覚で魔術を避けるには。
「相手をよく見て、すぐに判断するんだ。難しいようならまずは障壁をコンパクトにして、そこできちんと受ける練習をするといい」
相手の生徒に【魔弾】を撃ってもらい、それを手で受ける。こんな要領で、まず受ける形で相手の攻撃を見極めれば、安全にうまくなるはずだ。これならば文句はないだろう。
……と、いつもの癖で自分の身で魔術を受けてしまった。ルーチェルのように生まれつき魔術を持たない身であるという、それ以上に珍しい体質を俺が持っていると露呈すれば面倒だ。隠しておけとアーツにも言われたのに。
一応今は制服に付与されている簡単な防護術式のおかげだったと思ってくれたようだ。今度からは気を引き締めないと。うっかり俺の過去の経歴まで露呈してしまえば、それこそこの学校を追われかねない。
記録や罪は消せても、記憶は消えない。俺という殺し屋がいたという痕跡はほとんど消えているが、それでも俺を覚えている人間はこの世界にいるはずだ。
想定とは遥かに外れたところで危うい部分はあったが、なんとか授業が終わる。決して悪くない授業だった。これならきっと授業の取り潰しは回避できるだろう。
あとはアンガーレと話すだけ。ティモニが言っていた例の会議室、そこが最終決戦の場だ。
次回、592:最終審問 お楽しみに!




