57:ニクスロット王国
白。
俺が船を降りてすぐ抱いた感想はこれだ。一面が雪と氷に覆われた、白銀の大地。宙を舞う氷の粒が陽の光を跳ね返してきらきらと輝いている。
「うぅ……寒い」
リリィがキャスにしがみつく。いつもだったら限りなくうらやましそうな目で見ているハイネもこの風景にあっけに取られて二人の様子には気づいていないようだ。しかしその気持ちもよくわかる。分厚い嵐の黒雲に囲われた白の世界はここが本当に俺たちの生きる世界なのかすら分からなくなるほどに非現実的だった。
「天気のいい今のうちに街まで移動しましょう。本島の港はあまり栄えていませんから」
先導されて歩き出す。確かに港のところまで来ると波は穏やかだが、天気が悪くなればその影響はこちらまで及ぶだろう。波が荒れたときの被害軽減のために港に人をあまり住まわせないようにしているのだろう。
よく見ると小さく建物がいくつかあるのが先に見える。あれが街か。基本木でできているアイラの建物はもちろん、均等に切り分けられた石を積んだファルス皇国の建物とも違う石と木を組んだ家だった。木では雪に耐えられないのであろう箇所を石で補強してある。
「はぁー、疲れたっすねぇ」
街に辿り着き来訪者用の建物に通されると、皆上着を脱いで各々座り込む。厚着をすると重いしかさばって動きにくいし、大量に積もった雪に足をとられて足元も覚束ない。距離だけで言えば大したものではなかったが、それですら一苦労だった。
迎えは1時間もすれば来るらしい。ということは何かしら乗り物はあるようだ。雪の中を歩くのは慣れても一苦労だろうしまあ当然とも言えるが、よほど雪に強い動物でないと引いて歩くのは大変そうだ。
暖炉のおかげで部屋は暖かくて快適に待つことができた。ずいぶん静かだと思ったら、この時期やってくる人はあまりいないようで、冬の今わざわざ雪国に来るような物好きはあまりいないだろうが、街にも人が少ないのだという。
しばらく待っていると慌てた様子で男が駆け込んでくる。表情からして迎えが来たといったいい知らせではなさそうだ。どちらかといえば荒事の類だ。
「皆さま、逃げてください! 武装した盗賊が十数人、こちらへ向かってきます!」
逃走と言ってもどこに行けばいいのか。周辺に街などなさそうだし、都合よく軍などの組織が助けてくれるわけもない。ならば俺たちの選ぶべき道は一つしかない。
「さて、軽く片付けてしまおうか。少なくとも一人は生かしておくようにね」
アーツの号令を受けて上着を羽織り全員で外に出る。男の指した方角からは、俺たちの乗ってきた船のような金属の塊がこちらに迫ってきていた。
「え、あれって陸も走るの? あたしはパスで」
「僕の銃じゃあの装甲は貫けないっすね。僕もパスっす」
「私の禁呪は対人用なので、パスで」
いきなり半分が戦線離脱して室内に撤退し始めた。確かにこれは彼らの領分ではないだろう。対物破壊ならリリィやアーツのような大味の魔法魔術が適している。
「じゃあ俺も……」
「ダメだよ。レイくんのフィジカルならハッチから侵入しての戦闘くらい余裕だろう?」
そそくさと帰ろうとする俺をアーツが引き留める。何が悲しくてあんな鋼鉄の怪物と戦わなくてはいけないのか。普段の俺ならまだしも、この雪と重装備では動くに動けない。だからといって服を脱げば瞬時に命が凍り付く。
どうにかあれを潰すまで体温を保たせればいい。ならば一時的に身体補強で体温を上げられればなんとか戦うことができるだろうか。俺の能力は魔術ではないから詠唱も明確なプロセスもない。強化する箇所、内容を明確にイメージするという単純だが難しい方法しか俺にはやり方が分からない。
どうやら体温の調節もできるようだ。少しずつ身体が熱くなり始め、汗が湯気となって昇り始める。上着を脱いでも寒くない。だがこれを長時間続けるのは良くなさそうだ。やり過ぎると脳が熱くなり過ぎて煮えてしまう。
雪を跳ね飛ばしながら駆け出すと、身体をばねのようにしならせて高く飛び上がる。俺たちの対峙しているモノが船と同じ構造であればそれの目は前にしかついていない。いきなり上に飛び上がれば視界から完全に外れることができる。
確かに上部にハッチがあるのは確認した。身体を捻って落下し、ハッチの取っ手を掴んで振り下ろされまいと踏ん張る。上にそのまま乗ってみるとかなりの速度が出ているのが実感できる。これはもう馬や鉄道と同じ領域の乗り物ではない。
脚のホルスターから抜いた拳銃は凍り付いてはいないようだ。ハッチの番の部分を撃って破壊し、中央部も射撃で歪ませ戸を落とす。
それと同時に盗賊の一人が顔を出す。一瞬の迷いのあと銃のグリップエンドで殴り昏倒させる。リリィとアーツは彼らを生かしてはおかないだろう。容赦がないとかではなく単純に攻撃の威力があり過ぎて。だとすれば盗賊を生け捕りにするのは俺の役目だ。
車体の上に下半身を引っ掛けて車内を覗く。残っているのは二人、番の破壊に4発と扉の変形に1発使ってしまったから残り1発。同時には倒せない。
俺に気付いてこちらに腕を向けた方を先に片付け、それと同時に乗り込み乗り物を操作していた方の男をナイフで屠る。
乗り物は突如制御を失ったために暴走し、速度を上げて暴れようとする。操作用の魔法陣に触れれば停止できるだろうか。上手くいかなければ気絶させた男を連れて外に出ないとそろそろ俺の身体が壊れる。
魔法陣を解呪し外へ飛び出す。どうやら俺の目論見はうまくいったようで、乗り物はいい具合の雪の塊に衝突して沈黙する。俺は男を投げ捨て上着を羽織ると身体補強を解除する。体力的な意味で言えば大したことはないが、身体の内部にはかなり負担をかけた。これでは血を撒き散らす以上に戦いを続けられなくなってしまうし、何か他の方法を考えないと。
「レイくん、盗賊の一味を捕らえるなんてお手柄だね」
「うん、レイえらい」
呑気なことを言いながらアーツとリリィがこちらにやってくる。二人が相手取った計5台の乗り物はどれも原形を全く残さずにめちゃくちゃにされていた。アーツの鎖でやったのだろうが車体が前と後ろでねじ切れているものもある。ここを襲おうとしたのが運の尽きというか、見事なまでの返り討ちにあっている。
「さて、とりあえず俺たちの乗ってきた船みたいなこれが何なのか教えてくれる?」
「は、こちらはニクスロット王国本島の主な移動手段、雪上装甲車です。賊どもが乗っていたのは一昔前の汎用型ですね」
俺が乗り込んだものをよく観察してみると、底部が船とは違うのが分かる。船の場合は後部、舵の付いているあたりから魔力が放出されていたが、こちらは馬車の車輪のように底面のそれぞれの角から魔力が放出されるようになっている。
「それにしてもこの魔導機関、小さいのによく動くね。魔力の効率が俺たちの乗る列車とかと比べたら大違いだよ」
俺は魔導機関など触った瞬間壊してしまうからいじった経験はないがアーツはそちらの方面の経験がいくらかあるのだろう。言われてみれば列車に搭載されている魔導機関と比べると小さい割にかなりの速度が出ていたように思える。
部屋に逃げ帰っていた仲間たちを呼び戻し、残骸やらをまとめながら迎えを待つ。きっと装甲車で迎えに来るのだろう。中はあまり広くなかったからいくつかのグループに分かれて乗ることになりそうだ。あれは操縦者を含めて4人乗りといったところだろう。
バラバラになった装甲車をやっと一か所に集め終わったというところで、地平線に日光を反射する何かが近づいてくるのが見えた。おそらく今度こそ迎えの車だろう。ニクスロット王国には到着したばかりだが、おかしなことが続いたせいでどうにも疲れてしまったように感じる。やっと少し落ち着けそうで、俺は小さくため息を吐いた。




