584:生まれる差
「まず、俺の体感だが強い魔術師は皆身体が強い。ま、身体能力以外が同じなら強い方が強い。道理だな」
例えばカイル。彼の本分は狙撃だが、接近された際にも高い機動力と空間把握を生かした未来予知に近い立ち回りで敵を葬れる。狙撃ポイントも変更しやすい。
実際、リリィも機動力が向上することで戦闘能力が大幅に向上した。頑強さも道具で補強しているし。彼女は身体能力自体を上げたわけではないが、擬似的に強い身体を手に入れたとも言える。
だが、身体を鍛えているのは俺の知る限り優秀な魔術師ばかりだ。研究がメインのミトラとルヴィスは別としても、親衛隊はほとんど問題なく動ける。
「先生、具体的に身体能力や戦闘術を鍛える利点はどのようなものなのでしょうか」
生徒の一人が手を挙げる。まあ単純に強いだとか弱いだとか言われてもよくわからないだろう。きちんと説明してやらないと。
「そうだな、じゃあ逆に聞いてみるか。相手に魔術を撃たれたら、お前はどうする?」
「えっと、障壁で身を守ります……」
間違いではない。というか模範解答だ。学校でも、軍ですらそう教えるだろう。何せ、それは全く間違っていないから。
「その障壁に回せる分の魔力を、時間を、手間を、もし攻撃に回せたら。『回避』はそのチャンスを作ってくれる」
もっとも、広範囲を薙ぎ払うような攻撃だとなかなか厳しいが。もちろんこれは彼らにより多くの選択肢を与えるための授業だ、伝えられることは全て伝える。
とりあえずは相手の攻撃をいなすことで可能性が広がるということだけ覚えておいてくれればいい。障壁を使わないというのはそれ以外にも利点があるのだが、今は置いておこう。
「先生は、魔術を避けられるんですか?」
少し挑戦的な生徒の声。魔力を少し素早く巡らせているあたり、俺を出し抜いてやろうという心算なのだろう。ま、こういうノリで来る生徒もいるとは思っていた。受けて立とう。
数歩離れてもらい、それなりの距離を空ける。俺に曲がる【魔弾】をことごとく避けられたオルフォーズはやれやれといった顔をしていたが、実際に見てみないことにはどうにも信用できないのも理解できる。
生徒の【魔弾】が、足元を狙って飛んでくる。しかし、速度、狙い、全てにおいてオルフォーズには及ばない程度のものだ。もちろん回避も難しくない。
自分の魔術が1発も当たらないことに、もしくは俺が特に苦労していない様子に苛立っているのか、どんどん射撃から射撃までの間隔が短くなっていく。構わないが、魔力が飛んでしまわないか心配だ。
これ以上やってもどうにもならない。終わらせてやるのが賢明だろう。
「それで……」
【魔弾】を回避する。あと1発といったところだろうか。回避と共に前進を始めるが、追撃が正面に飛んでくる。自分で接近していることもあり少し危なかったが、首を傾けて躱し、そのまま生徒のすぐ側まで辿り着く。
再び追撃を加えようと魔術を準備するよりも早く、懐から小型の木剣を取り出し、ゆっくりと突きつける。ここまで実演してくれれば皆わかってくれるだろう。
「これが防御の時間を攻撃に転じさせる、ってやつだ。無理してまでやる必要はないが、これがメリットってやつだ。お前も、協力ありがとうな」
気分は悪いだろうが、少なくともこれで俺も実力を疑おうとは思わないだろう。悔しいというのなら、その気持ちを使って俺を超えてくれ。
授業時間もそう長いわけではない。俺が口頭で説明したところで成長の幅などたかが知れている。もっと戦いの中で感覚を掴んでもらわないと。それに、せっかく運動着に着替えてもらったのだ。その労力に見合うくらいは動かないと損した気分になるだろう。
「んじゃ、やってみるか」
次回、585:そして実践へ お楽しみに!




