570:危険因子
久しぶりの仕事だ。鈍っていなければいいが。そんな懸念は、刀を腰に差した瞬間に霧散した。この重みが心地よい。コートに忍ばせた暗器の冷たさも、俺の心を落ち着けてくれる。
通行人がほとんどいないことを確認しつつ指定された家に入る。どうやらここが集合場所ということらしい。
「レイ、久しぶりだね」
扉を開けた先では、リリィがソファの真ん中に座っていた。リリィもこの作戦に参加するのか。いつもの鞄と銃も傍に置いてある。
「だな。勉強の調子はどうだ?」
「今のところ大丈夫そう。ハイネも教えてくれるし」
心配していたが、そもそもリリィは断片的に知識はある。憲兵から送られてきた資料も理解できていたし、昔の俺なんかよりもよほど優秀なのだ。読める言葉や内容に偏りこそあったが、基礎的な部分が全くできていないわけではない。
とりあえず、苦痛に耐えて勉強しているようでないならばよかった。もっとも、リリィに辛苦を与えるなどキャスが許さないだろう。少なくとも城にいる間は安全に過ごせるはずだ。
「お、お二人とももう来てたんすね〜!」
「リリィちゃん、レイさん、こんばんは」
話しているうち、カイルとハイネも部屋に入ってくる。ここに向かう途中でたまたま会って合流したらしい。ハイネも今は臨時で城の資料整理の仕事をしているらしい。今日はイゾルデと会ってきたようだが。
王立王都魔術学校の教師になったのが相当羨ましいらしく、中の様子や近況をいろいろと聞かれた。そんなに入りたいなら部外者一人呼ぶくらいは認められているのだが。ハイネなら審査も即通過だろう。城に入れる人間が学校に入れない理由はほとんどない。
というかハイネはまだ生徒として通うこともできる歳だと思うが。俺もハイネとはほとんど変わらないが、俺にはない学生感がハイネにはある。眼帯が悪いのだろうか。いや、そもそもの人相な気がする。
しかし、そう言ってみるとハイネは「わかっていない」というように指を振る。そう簡単な問題ではないのか。
「王立学校の入学試験ってめちゃくちゃ難しいんですよ! 私が今から勉強しても、受かる頃にはおばさんになっちゃいます!」
そういえばそうか。貴族は幼少期から家庭教師やオルフォーズのような専属顧問をつけて、入学やそれ以降のために鍛え上げている。さすがに全く勉強をしていないところから合格のラインまで持っていくのは難しいか。
「ま、実技の方はそこそこいい点取れる自信ありますけどね〜」
あるとないとだけでも違うというのに、ハイネは何度も戦場をくぐり抜けてきて実戦経験は同世代と比べるのも馬鹿らしいほどに豊富だ。禁呪を使わなくとも実技では敵う者がいないだろう。
実際、それはイゾルデが証明している。ニクスロットでの戦い、お互い殺意はなかったとはいえ、学内最強と名高いイゾルデをほぼ完封した。
「あ、イゾルデ……」
嫌な予感と、悪寒のような感覚が身体を走る。いや、今は忘れておこう。戦闘中に気にしてしまって妙なミスをしそうだ。
「よし、時間っすね。これより武力組織掃討任務を開始するっす」
なんでもフットワークやらなんやら、もろもろの兼ね合いで俺たちのリーダーはカイルということになったらしい。実際魔力と本人の才能もあって状況把握に優れるし、適任だろう。苦手な部分は俺たちでカバーすればいい。
カイルが地図を広げ、標的を示す。今回の目標は王都北部を本拠地とする武力組織。どうやらギルド抗争の混乱に乗じて違法な魔導具を収集し、徐々に勢力を拡大しているらしい。今は構成員10人ほどの組織だが、大々的に行動を始めれば加入者も増えるだろう。今回はそれを防ぐために芽を摘んでおくということになる。
「現状の活動は郊外での魔導具の性能試験に留まるものの、れっきとした危険因子っす。バッチリ仕留めるっすよ!」
カイルの号令で立ち上がり、装備の最終確認をする。久しぶりの仕事だ。気合いを入れていこう。
次回、571:ブリーチング お楽しみに!




