567:ジャイアント・キリング
実力をこうして求められるのは二回目。しかし今回の相手はデトルとは大きく違う。いわゆる魔術的な才能、魔力の量や質、特性なんかに関してはデトルの方が圧倒的に優秀だが、ロプトはその行動がどうにも読めない。正面から押しきれない分こちらの方が面倒かもしれない。
「先生から来てください。攻めるのは得意じゃないので」
相手がそれを望むなら、ハンデとして俺がそうしてやるのもいいか。だが、これで底は見えた。あくまで家で模擬戦をする程度。実戦を経験している者としていない者の間には大きな差がある。
黙っていても仕方がないのでロプトに接近する。接近、魔術の発動、おそらく求められているのはこういう攻撃のための行動。それはロプトの笑みと小さく鳴らした指でわかった。
「……ここか」
接近の途中、走る軌道を変えてある一点を踏まないようにする。おそらくここにある。通り過ぎたあと、たまたまポケットに入れてあった石をその一点に投げると、案の定小さな爆発が起きる。
「へぇ……バレてましたか……」
余裕を装っているが、その実構築されていた戦術と自信は多少崩せたはずだ。なにしろ騙し討ちが本分だというのに、その手口が一瞬で露呈してしまったのだ。
おそらくロプトの魔力特性は感知などに通じるものだ。重さなどで人の接近を感知、その上で事前にセットしておいた魔術を起動させる。といったところだろうか。
確かに受け向き、かつ狡猾な戦術に向いた魔術だ。そのぎらついた目でわかる。この力、実力で自らを遥かに上回る相手の喉をかき切るのに向いている。そういう生き方を運命づけられているといってもいいかもしれない。
こいつは、そういう格上たちを全て喰らい尽くしてやろうと思っているのだ。だが、俺もそう簡単に負けてやるわけにもいかない。そしてこの手の輩の相手は苦手だが、慣れてはいる。
感覚を研ぎ澄ませ、そして考える。とても未来予知のような予測はできない。少しの身動きも許さないような罠は張れない。だが、今は視える。今この瞬間の、俺を食らいつくそうという悪意は、目で見るよりもはっきりと視える。
罠を避け、ときに木剣を使って叩き落としながら前進する。せいぜいできるのは足止めだけ。いくら頑張ろうとも俺は確実に前に出る。
木剣が届く距離まで近付くと、ゆっくりとロプトに向ける。警戒こそ必要ではあったが、やはりそう手強い相手ではなかった。
「お前が頑張ったのはわかったよ」
決して強くはなかった。しかし、努力が伝わってくる戦いだった。基礎は完璧、あとは戦いに必要なことを叩き込めば、ロプトが真に望んでいるのであろう格上殺しになれるはずだ。
「ま、卒業までに俺から一本取れればいいな」
俺を騙せたらまあ、優秀な魔術師のスタートラインに立てたと言っていいだろう。アーツのような魔術師を目指すならばもう少し頑張る必要があるが。
「うん……面白い。先生の研究室、是非所属させてほしいな」
「確かに助かるが……他のところは行かなくていいのか?」
オルフォーズのように周囲の人間からのお墨付きがあったならまだしも、デトルもそうだがこうも簡単に所属する研究室を決めてもいいのだろうか。他にも得られるものを提供してくれる研究室もあるかもしれないだろうに。
「先生、わかってないなぁ。先生はこの学校で戦い方を教えてくれる『本物』。まあそのために来てくれたんだろうけどね」
本当に強くなりたいらしい。魔術の練度も相当に高い。決して恵まれているとは言えない才能を得意と努力でカバーしてやろうと必死なのだろう。それならば俺も少しは役に立てるかもしれない。
話しただけだと一見軽薄そうな印象を受けるが、その実心の内に秘めた信念は熱い。態度でどんなに隠そうと、その強さが物語っている。周囲と比べても、その戦いからは積み重ねて来た努力の量と質をしっかりと感じられる。
頑張り屋だと他に知らせるのが恥ずかしいのだろうか。自分を保つために虚飾で前に立っていた男もいるわけだし、きっとこれが頑張りの秘訣なのだろう。あまり言ってやるまい。
「あ、そういえば……」
ふらふらと帰ろうとするロプトは、立ち止まってから少しぎこちなく振り返る。さっきまでとは少し様子が違う、体調でも悪いのか。
「頑張ったとか、他の人の前では言わないでください。……イメージ崩れるので」
次回、568:訪れる真相 お楽しみに!




