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54:諸侯会議

 王都まで無事に到着した俺達は、領主たちを王城まで送り届け、金を受け取って久しぶりに根城へ帰ってきた。アーツじゃないがしばらく仕事はうんざりだ。報酬はかなり出たが、さすがに疲れた。


「んで、なんでお前がいるんだよ、ハイネ」


 帰ってきた俺たちを迎えたのは、王都での報告を終えたアーツだけでなくハイネも一緒だった。二人で呑気に近くの店で注文してきたのであろうサンドイッチを食べている。


「行く当てのない私をアーツさんが雇ってくれまして、主に暗殺のお仕事をさせてもらう予定です」


 確かにハイネの禁呪はとても優秀なものだ。出力を上げ過ぎると体が自壊するという欠点こそあるが、それさえ避ければ一瞬で心臓を刈り取る必殺の一撃を繰り出せる。魔力特性と禁呪が噛み合っており一部の魔術が限定的に使用できるのも強みだろう。


「え、ちょっと。来ないで」


 しかしリリィはハイネにかなりの苦手意識があるだろう。あの狂った状態で少なくとも二度迫られているのだ。俺だってそんな人間がいたら嫌になる。現にリリィはかなり引いた顔でハイネのことを見つめている。


「まあまあリリィちゃん、彼女も理性を取り戻したようだし仲良くしてあげてよ。彼女だって悪気があった訳じゃないんだしね」


 アーツの言い分ももっともだが、リリィの気持ちもよくわかる。これはリリィの意向次第では隔離されるのもやむなしか。一人だけ排斥するのは可哀想な気もするが、一応仕事にも生活にも大した支障が出る訳でもない。


「わかった。仕方ない」


 リリィがぼそりと言う。アーツの言うことを理解はできているのだろう。ただ単にそれをすぐには受け入れられなかっただけで。リリィが禍根を残したままというのも好ましい事ではない。改善できる関係ならば、そうした方がいい。


 その後もリリィはハイネと話そうとはしなかったが、先程よりも警戒していないのは雰囲気でわかった。いきなり仲良くなることは難しいかもしれない。それでもこれは貴重な一歩だ。


「さて、じゃあレイくんちょっといいかな」


 アーツに呼ばれて別室へと移る。わざわざ一対一で話したいということは、何か周りに聞かれたくないことでもあるのだろう。俺に関することで人に知られて困りそうなのは俺の能力のことくらい。先の遠征でわかったことでもあるのだろうか。


「ひとつお願いというか、命令があってね。今後血液を大量に利用した戦闘は避けてほしいんだ。あれは継戦能力を大きく削がれる。戦えない君は、はっきり言って足手まといにしかならないんだ」


 アーツは顔こそ笑っていたが、声は真剣そのものだった。自分でもわかっていたことだ。この魔術消去の力を撒き散らす代償の大きさを。失った血を取り戻すのにかなりの体力を要するうえ、即戦線復帰となれば短時間での回復によりさらに体力を奪われる。たとえ戦える身体に戻ったとして、刀を振るう体力は残っていないだろう。


「悪い。別の戦法を模索する」


 そう言うとアーツは満足げに頷く。感情の読みにくいアーツだが、意図して表に出そうとした感情はしっかりと読み取れる。ただ単に必要のないときにはそれを隠しているだけなのだろう。


ふとひらめく。他の人がいない訳だし、折角だから俺の聞きたかったことも聞かせてもらおう。


「なあアーツ、お前の本当の目的ってなんなんだ。お前は何をしようとしている?」


 前々から、というか初めに会った時から疑問に思っていたのだ。根幹魔力を取り戻す、という大層な目的の割には受ける依頼はほとんど王家からのもの。魔力制御に長けた親衛隊のシャルを引き抜こうという素振りもなく、せっかく回収した【奉神の御剣】を解体するような様子も見受けられない。


 だからこそ俺は思ったのだ。根幹魔力などという理由は建前で、本当は別にしたいことがあるのではないかと。なによりアーツがまさかそんな大多数の人間の為に何かができるとは、悪いが考えられない。


「今は話せない。もし目的を果たす時が来たならば、その時は俺のすべてを話そう。それを聞いて、君が協力してくれるというのなら嬉しいな」


「そうか。わかった」


 これ以上は聞いても無駄だろう。アーツが俺を勧誘した時とは違う、何か別の目的を持っていることが分かればそれでいい。


「言えるとすれば、ある、一人のためだよ」


 アーツの言葉を背に部屋を出る。道理で、強いわけだ。


 みんなのいる部屋に戻ると、テーブルの中心に置かれた通話宝石から流れる諸侯会議の音声を聞いていた。話のメインはやはりこれからの対外関係についてだ。勝利こそしたものの、今回のファルス皇国との戦争ではほとんど領地を獲得できず、完全に損をしている。そもそもファルスの北方を獲得したところでアイラ南部とで気候もたいして変わらず膨大な収益を生むのは難しい。


 このまま西のガーブルグ帝国に攻められたらこの国は完全に落ちる。圧倒的物量で押し潰され、守れたとしても親衛隊の残る王都くらいになる。心臓だけ残った人間に何の意味があるだろうか。徹底的に喰い尽くされ、鼓動の最後の一回まで他人に搾取されるだけだ。


『北のニクスロット王国と同盟を結ぶべきだ』


 宝石の向こうからそんな声が聞こえる。ファルスとの同盟の道は絶望的だし、東の小国といくら協力してもガーブルグ帝国には敵わない。だとすればニクスロット王国という選択肢は妥当だろう。


 しかしニクスロットといえば俺たちのうちのほとんどがその姿を知らない幻の国。至る道は確実にあるが、遠く北海の島国なうえその近海は船を壊さんばかりの大荒れで唯一本島に辿り着くには、大陸北端の飛び地の領域から出航する船に乗るしかない。


 そんな国と同盟を結べるかといえば、その答えは限りなく否に近い。ファルスよりは可能性があるが、それでもか細い糸を辿るような、絶望的な道程だろう。この国で誰がそんなことをするものか。


『では使節を向かわせよう。護衛は私が用意する』


 あれやこれやと言っていた諸侯が、王の一言で押し黙る。王がやると言ったことに反論できるほど骨のある者はいない。もっとも意見したところで王の反感を買い、ある程度の罰を課せられることになるだろうが。


 そして王の用意する『護衛』とやら、明らかに俺たちのことだ。自分の命が惜しい王は絶対に親衛隊を王都からは動かさないだろうし、遊撃隊の400番台分隊ではさすがに心許ないだろう。彼らのようなより一般職に近い特殊部隊は、その所属通り身近で小さな綻びを断つためのものだ。未知の国への遠征などには連れていかないだろう。


「さて、出撃はいつになるやら」


 呆れたようにキャスが言う。こちらはファルス皇国から帰還したばかりで疲労も癒えていない。幸いニクスロット王国まではかなり長い道のりになりそうだからある程度休む暇もあるのだろうが、それにしても激務だ。


「ニクスロットは年中極寒らしいからね。とりあえず、凍死しないくらいの準備はしておいてくれたまえよ」


 アーツの言葉を背に、俺は分室を出ていく。出撃ならば新しい武器を手に入れる必要がある。一応折れてしまった刀は現場処理に行った憲兵団に回収してもらったが、使い古した挙句真っ二つで、もう修復は難しいらしい。


 帰還直後に色々な店を回ったが、いまどき刀など置いている店はほとんどない。仕方ないから馴染みの鍛冶屋に打ってもらうしかないだろう。基本は包丁などの普段使いする刃物しか扱っていないが、腕は確かで刀も打てる。彼に頼むのが一番いいだろう。


「まあ、完成は早くても10日後くらいになるなァ」


 聞けば現在国内が大荒れのせいで、材料となる鉱石が全く入ってこないのだという。確かに店に置かれている品物も普段の半分くらいだ。王都では貴族にも知られるほどの店だから潰れることはないだろうが、かなり苦しい状況なのだろう。


「兄ちゃんには世話になってるから何とか工面してやりてェが、すまんな」


「これからしばらく空けるから、その間に作っておいてくれないか。もちろん前払いだ」


幸い俺には先王暗殺の報酬がある。かかるであろう代金にかなり余裕を持たせて渡す。俺にとっても大事な店だ。これくらい投資しても罰は当たるまい。限りこそあるが折角の高い給金だ、有効活用しなければもったいない。


 未知の国への旅路だ、帰りは遅くなる。というか帰って来られるかもわからない。遠い北国で、命が絶えることだって考えられる。


 街を歩きながら思う。こんなにも命に頓着したのはいつ振りだろうかと。きっと、養父に救われたあの時が最後だ。あのころから俺は、自分の命が妙に軽く思えて仕方がない。そのくせ最後まで死ぬ勇気が出ないのは笑えないが。


 今ならジェイムが俺に言いたかったことが少しわかる気がする。俺が求めていたのは、生きる意味ではなく、言い訳のできる死に場所だったのだ。だからこそアーツの誘いに乗った。それこそ親衛隊のような相手を前にすれば、この命にも諦めがつくのではないかと。


「でもそれは、ダメなんだな」


 理由なんて知らない。だけど、今の俺は、あと少しだけ生きていたいと願っている。もう少しだけ足掻きたいと祈っている。その先にあるものはまだわからないけれど、きっと見つけることができるだろう。


 遥かな海の先へ、俺たちの旅路は伸びていく。


次回からようやく新章突入します、お楽しみに!


今回もありがとうございました!

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