546:日々へ還る日
海を覆い尽くす氷の処理、負傷者の治療などにはそれなりに時間がかかった。特にシャーロットが受けた羽の一撃はかなり複雑なもののようで、ミトラとルヴィスも苦労しているらしい。
俺はといえばベッドに入った瞬間寝てしまったようで、カイルに起こされた時にはベッドに崩れてもたれかかるような形になっていた。あんな姿勢で寝ていたとは。身体のあちこちが痛い。
負傷者や良くも悪くも暇な者を除いて、ほとんどが国に帰ることになったらしい。全員が国の要人だ。緊急事態でないならいるべき場所にいるべきだ、ということなのだろう。
アイラにはキャスとアーツ、そして親衛隊の面々が。ガーブルグには【滅】と【影】が。ファルスにはハイドとセリ、それからエイルが戻り、ニクスロットにはグラシールのみが帰ることになった。
「すみません、陛下の警護は私たちの仕事なのに……」
「シャーロットが動けない今、そうはいかないだろう。治り次第帰ってこい」
そう言うと、グラシールは用意されてた船に向かって歩いていく。かなり疲れている様子だったが、確かな達成感があるようにも見えた。氷の大地を、戦闘が終わるまで破壊されつつも維持してくれたのだ。彼がいなければ戦場の前提が大きく変わっていた。
「リーンさん、私たちもこれで失礼しますね」
セリがきちっとした敬礼をして、ハイドとエイルもそれに倣う。そこそこな負傷をしたカノンと、その付き添いとしてティオが残ることになったようだ。カイルによればティオは俺を探していたようだし、多分組手か何かに付き合わされるのだろう。一度面倒を見た以上、それくらい構わないが。
セリたちは俺のところにもやってきて、リーンにしたのと同じように挨拶する。
「帰りも気をつけろよ。お前らに勝てる野盗もなかなかいない気がするが」
問題が可能な限り起こらないように、と気を遣ってはいるようだが、政変の影響で混乱は少なからず発生している。それにかこつけて野盗や誘拐なども増加しているようだ。おそらくグラシールがシャーロットを一人にしなかったのもそれが理由だろう。
近隣各国には申し訳ないが、こればかりはどうにもならない。軍も再編成し治安維持にあたってもらっているらしいし、しばらくすれば収まるだろう。
「……暇っすねぇ」
「昨日まで忙しすぎたからな。俺たちは他と違ってこの後の仕事もないし」
セリたちが出発してしばらく。【滅】と【影】は俺が寝ている間に帰ってしまったようだし、港町もだんだん静かになってきた。ハイネとリリィはこのあたりの店を覗いて買い物を楽しんでいるらしいが、そういう気力は湧かない。
「よ、少年たち! 実に人生を浪費してるねぇ」
嬉しそうに現れたのはキャスだった。そういえばミトラもルヴィスもここにいたし、まだ出発はしていなかったのか。国王など一刻も早く帰るべきだと思うが。
「いやぁ、お恥ずかしいばかりっす」
「人生の浪費、それもまた良し。意味のある人生ばかりじゃ疲れちゃうよ」
その台詞を言うに値しないと思うのは俺だけだろうか。いや、むしろ実体験からくる話なのかもしれない。それならば多少なりともしっくりはくるか。キャスもアーツも、意味のために生きてきたようなものだろう。
「いつ発つんだ?」
「シャーロットちゃんの治療にそろそろ目処が立ちそうだから、今夜にでもかな。休憩はいいが、羽目は外しすぎない程度に帰ってくるんだよ」
言いたいことだけ言ってキャスは去っていった。なんでも、目をつけていた料理をまだ食べられていないらしい。
よく考えれば、そろそろいい時間だ。昨日も疲れて何も食べずに寝てしまったし、お腹も空いてきた。
「俺たちも、飯でもどうだ?」
「行くっす!」
次回、547:エビと魔術師 お楽しみに!




