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544:異形隔絶前線

 魔力の奔流に視界も身体も包まれ、異形の姿を見失う。しかし、好きにすればいい。負けてやる気は全くしないのだから。


「まだ何か出せるのか? 随分消耗してるみたいだが」


「出し惜しみはしない。……全部出す」


 異形の咆哮と共に、何体もの獣を象った異形が地面から溢れるように飛び出してくる。余剰魔力をほとんど残さない、本当に決死の一手なのだろう。真っ黒な顔についている目は少しの光も返さないが、しかしちらりと鈍い覚悟の輝きが見えた気がした。


「ほら、行ってこいよ」


 キャスが勢いよく俺の背中を叩く。


「いいのか……?」


 俺が奴と向かい合っているのは、ただ俺の我儘だ。俺の因子を使っているとわかったから、俺が倒してやりたいと、そう思っただけだ。今更だが、こんなことが許されていいのだろうか。


「このためにみんな集まったんだ。あの異形たちは絶対に通させない」


 キャスの力強い笑み。それだけで、ミトラの祝福と同じくらいの力がもらえる気がする。


 あとは、残存する受肉異形の消滅だけ。しかしこれに関しては少し策がある。それだけ伝えると、ただ、前に向かって走り出す。


 獣の異形たちを散らしさらに前へ。剣を構え、腰を低く落としている。


 少し構えが良くなったから警戒したが、そう簡単に剣術の腕が上がるわけがない。多少ポーズを真似しただけで負けるようではここまで生きてこられてはいないだろう。


 ふと、クリスを思い出す。俺を殺すためだけに、気の遠くなる数時を超え挑んできたのだ。できないのだから仕方ないが、それくらいの覚悟は欲しいものだ。


天火(メルトアウト)……!」


 少しの油断もない。最初から全力だ。受けづらい角度から何度か刀を叩き込み、その姿勢を崩す。


 こいつに痛みは無意味。だから、痛いところではなく『痛い』ところを……。


 姿勢の崩れた異形の腕を掴み、思い切り手前に引く。後ろ向きに転びかけていたところを逆向きに動かされ、完全に身体の制御権を失った。今度は後ろから首を掴み両膝を斬って立つことができなくする。


「ま、まだ……!」


 脚を修復しまだ戦おうとする異形をさらに強く掴み、見せる。既に殲滅された獣の異形たちを。同盟の最高戦力が集結した、この異形隔絶前線にかかれば死に物狂いの足掻きの一撃など要塞に吹き付ける微風のようだ。


「お前にわかるかどうか微妙だが、何か気付かないか?」


「何かおかしい。何か、足りないような……」


 その勘の鈍さが致命的だ。今から自分を屠る、一度は自分を殺しかけた存在すら忘れてしまうとは。


「じゃあな」


 手前に異形を放り投げると、天を仰ぐ。脚を修復しようが、いくら魔力を出そうが、もう遅い。


 異形の位置を中心に、引き寄せるように吹く旋風。それは嵐を呼ぶ竜の息吹のように、逆らいがたい大いなる力を孕んでいた。


 その風は天にまで届き、黒い雲すら晴らしている。そして薄暮の空の中、輝く星がひとつ。


「こ、これは……!?」


 凍りついた流体の異形。バラされた魔導機関の異形。傷ついた剣の異形。修復もままならないローブの異形。その全てが、一点に吸い寄せられていく。


「抗えないだろうな、この原初の嵐プリミティブ・ハリケーンには」


 グラシールが諦めたように笑う。嵐を踏破する船を持つ彼ですらこう言うのだ。おそらくこれに逆らえる者はいないのだろう。


「今際の際に伝えておけ。もうこの世界に手を出すな、ってな」


 俺の言葉が終わる直前に、天から裁きが降り注ぐ。それは雷とも光線とも違う、万物の存在すら許さない破滅の光。しぶとい異形たちにはちょうどいい、滅びの一撃だ。

次回、545:長き戦いの末に お楽しみに!

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