542:殲滅の攻勢2
「やっと落ち着いてきたか」
やれやれというように息を吐くと、グラシールは流体の異形に指を向ける。だが、氷は全く発生しない。彼に限って失敗したということはなさそうだが、意図が読めない。
何も起こっていないように見えるのに、グラシールの集中力は凄まじい。まだ準備の段階、ということだろうか。
その『変化』は、突然現れた。流体の異形の動きか急激に鈍化し、ついに彫像のように固まってしまった。
「近づくのはやめておけ。捥げるぞ」
グラシールの言葉の意味がやっとわかった。流体の異形のあたりから、凄まじい冷気が漂ってくる。凍りつくような寒さだったニクスロットよりもさらに冷たい、生物の存在を許さない地獄だ。
一歩近づけば死に明らかに近付くとわかる冷気。徐々に異形の身体にも霜が降りはじめている。もう少しで氷の彫像のようになってしまいそうだ。
「水銀だろうが冷やせば固まる。動けねぇ気分はどうだ」
普段のように氷を生成するのではなく、温度を極限まで下げることでその動きを封じた、ということか。レオや【破】の足場の破壊が一旦収まった隙を使ってここまでやるとは。るヴィスから因子について聞いた時から実行の時を伺っていたのだ。
そんなグラシールを気遣ってかレオは腕を組みながら大人しくしている。一旦は迷惑をかけまいということなのだろう。
そんなレオを尻目に【破】は【縛】の黒布を足場に空中を飛び回っている。こちらも一応接地しないようには気をつけているのだろう。
【破】の狙いは【滅】と同じくローブの異形だ。羽を【滅】が散らしたおかげでだいぶ動きやすそうに見える。
「アイラの魔術師殿、拘束を頼めるか?」
「神ならともかく、天使であれば容易い」
ランカスが指を鳴らすと、ローブの異形は重苦しい帷のような魔力に覆われる。魔力の漏出を激減し、その影響力を抑える魔術だ。複雑で相当時間のかかる術式と聞いていたが、天才魔術師にかかれば造作もないということか。
力を外に放出できなくなったローブの異形は、その威圧感、魔力、全てが内側で乱反射し苦しみはじめる。圧倒的な力を持つからこそ、閉じ込めることでそれは自身を傷つける力となる。
「想像以上だ、素晴らしい」
【滅】が笑って拳を構える。ローブの異形も抵抗しようと藻がいているが、植え付けられた天使の因子が力を抑えさせてはくれない。動くことも難しいだろう。
「想像以上、か……」
ランカスが自嘲するように笑う。しかし、彼に卑下の雰囲気は感じられなかった。どちらかといえば、少し呆れているような、そんな感じだ。
「イラプト……メテオッッ!!」
振り上げた拳によって、ローブの異形は空に舞い上がらなかった。上半身のほとんどがその衝撃によって破壊され、バラバラになっていた。受肉した部分は砕け、魔力で構成されている部分も弾け飛んで霧散している。なんて破壊力だ。
「こっちの台詞だ。威力が普通じゃない」
ランカスの呆れはそこだったか。確かに彼からしてみれば、想像以上は【滅】の方か。あくまでランカスは自分が一般的な魔術体系の範疇に位置する魔術師で、想像の域外にはいないと考えているのだろう。どう考えてもそうではないのだが。
異様な力を持っているからこそ出せる異様な出力、というのは驚異的でありながらそれでいて普通のことでもある。元から非凡なのだから。
とはいえそれを彼に言っても決して納得はしないだろう。彼に取って大事なのは結果。最終的に戦果を挙げられるかどうかだ。そして彼の戦果はどうしても同僚達には敵わない。
それが彼の原動力になっているのだから、納得はさせなくていいのだろう。非凡への憧れがあったからこそ彼は普通の範疇の中で非凡たり得たのだ。
「終わったな」
俺の言葉に、首魁の異形が苛立ちを露わにする。
「誰だっていい!やれ、やっちまえ!!」
次回、543:抵抗の起源 お楽しみに!




