536:王の選択
「キャスリーン陛下……!?」
【滅】が信じられないという顔で一歩退く。それもそうだろう。というか俺も驚いている。しかし彼女に関しては必ずしも本人が来なければいけないということはない。
「キャスさん、その……本物ですか……?」
「もちろんだとも。流石に鏡像でコレは使えないよ」
ハイネが聞いてくれて助かった。しかし、本当に本物が来るとは。王都の方を鏡像、分身に任せているということだろうか。
「然り。この聖遺物【誓いの御旗】は魂と共鳴する。魂なき分身に扱えるほど軽いものではない」
キャスの側に寄ってきた異形を斬り伏せながらイッカが言う。こちらに向かってくる人影は全て見知った顔。現状残っている親衛隊のメンバー全てだ。まさか国の最高戦力の全てをここに投入してくるとは。
「アーツと憲兵たちからの報告でね。ここは思い切って全員で出るのが得策だと思って、親衛隊の皆にも来てもらったんだ」
非常に追い込まれている現状においては、その選択は正しいものだったかもしれない。どの国も、自国の防衛を捨てたと言っていいほどの戦力を供出している。これがアイラの覚悟だというのなら、それも間違いではないだろう。
「でも、フラマたちは王都から出られないんじゃ……?」
そう、彼女は王都から少し出ただけでも戦闘どころか生存すら怪しい状況にまで陥っていた。そんな彼女が今は、少し面倒そうな顔でここに立っている。どう見ても体調不良が原因の顔ではない。
「まあ、離れられないのは王都じゃなくてこの旗だからね。説明面倒だから言ってなかったけど」
つまりは王都の中央、王城にキャスが今持っている聖遺物が設置されていたからこそ王都から出られなかった。そういうわけか。そして今まで彼らが王都から出られなかったのは、魂と共鳴させ、本来の力を発揮できる王がいなかったから。証たる魔力とその王に足る精神を身につけたキャスだからこそ扱えた。そういうことか。
「ま、ランカス君の説得がなきゃ陛下も私たちも王都で待機だったろうけどね。よーし、やるよルヴィス」
「はい先輩……!」
親衛隊の中でも特に魔術師らしい魔術師の二人、ミトラとルヴィスは何やら陣を展開し始める。高度過ぎてよくわからないが、とりあえず有用なものではあるのだろう。
しかし、あの堅実そうなランカスの説得でキャスと親衛隊全員の出撃が決まったとは。少し驚きだ。正直キャスが戦場に出るのは危険すぎるとかで、反対しそうな立場のイメージだ。
「そこの娘、リリィの進言でこの状況が尋常でないことは理解している。ここで我々が出るべきと考えたまで」
そうはいえども来てくれたのは事実だ。リリィの礼にも気にしていないという体をとっているが、それでもどこか嬉しそうだ。この男にも情というか、そういう気持ちがあるのだと思うと少し面白い。
一瞬様子を見ていたようだがすぐに動き出した異形に対し、前に進み出たのは意外にもフラマだった。
「普段は楽させてもらってるしね、こんな時くらい働きますか。ご褒美期待してるわ、陛下」
妖しげに言うフラマに対し、キャスはかなり適当に手を振って返す。軽くあしらわれているようにも見えるが、それでもフラマは嬉しそうだ。相変わらず変わっている。
フラマはそのまま前に出て、少しだけ息を吸う。そして。
意図して解放された威圧感。人の身には有り余る、過剰といっても物足りないくらいの気合。それは、俺たちと同じ価値観を持たない彼らにとっても有用な、野生を震わす原初の『力』だ。
「あらごめんなさい。驚かせたかしら?」
ぎらりと光るその瞳。異形たちも恐れ慄き動くことが出来ずにいる。もっとも、こちら側も気を抜いていたティオと負傷していたシャーロットが瞬間的に意識を失ったが。
次回、537:世界を渡る因子 お楽しみに!




