529:スクランブル
視界を覆い尽くすほどの黒い炎、それを防いだのは小さく煌めく星々だった。天球のように俺たちを覆い尽くした障壁は、一切の炎の侵食を許さず、微風のように受け流していく。
「間に合ってよかったよ」
「港を守るんじゃなかったのか?」
アーツは港町の防衛のため、障壁を展開しているはずだったが。どうということのない顔をしているが、どこかアーツには不服というか、後悔のような表情があった。
「本当はそうしたかったんだけどね。この状況ではそうもいかないだろう」
「俺たちの力が及ばなくて、悪かったな」
グラシールが微妙な顔をする。『俺たち』と一括りにしたのが気に入らなかったのだろう。確かに彼も活躍はしてくれているのだが、単身で竜を撃破できるほどの力はない。もっとも神代でも少なくはなかったのだろうが、多くもなかったはずだ。
だが、今回は防衛に徹すると言っていたアーツが前線に出てくるというこの事態、かなり急を要するということだろう。
確かに攻撃は防げたが、未だ攻撃の手段は見つかっていない。奴の鱗を貫ける力を持つ攻撃は……。
「えっと……レイさんが触ればいいんじゃないですか?」
おずおずとハイネが進み出る。確かに、性質は鱗と同じとはいえ、奴の身体を構成しているのはあくまで魔力、俺が触れれば消し去れるかもしれない。
だが、それには竜の攻撃を防ぎ切らなければならない。爪や牙は俺が消せるかもしれないとして、炎は魔力塊ではない。あれに呑まれたら焼死体になることは確実だ。
「ハイネちゃんの案には実行の価値があると思う、ぜひ協力いただきたいな」
「了解です。私とハイドが照準補助に入って、カノンに撃たせます。牽制くらいにはなるでしょう」
「もうちょっと期待してよぉ〜……」
なにやら術式を起動しながらセリが進み出る。次は遅れないという意思の表明だろう。正直ほとんど意味はなかっただろうが、彼女にとっては先ほど障壁の展開が遅れたのが後悔だったのだ。その克服という意味では、これ以上ないくらい十分だ。
「少しは帝国最強の力を見せつけさせてもらおうか」
【滅】もその巨大な特殊軍刀を呼び出し、やる気は十分といったところ。もはや棍棒か何かと呼ぶべきにも見えるが、あくまで形は刀。ただ用途が違うだけだ。
「ザコ掃除は妾たちに任せておけ。いけるな、【縛】よ」
「全て散らすわ」
気を引き締める二人と共に、【影】と【静】もそれぞれの装備を構える。周囲の異形を帝国の特殊部隊が対応してくれるなら安心だ。竜に集中しても不意を突かれることはなくなるだろう。
特殊部隊の面々は散開して異形を討ちはじめた。一度息を吐いてからは竜に動きはない。単純に様子を見ているのか、それとも一度息を吐いたらある程度休む必要があるのかはわからないが、動き出すなら今しかない。
「努力するが、君を守れる保証はない。場合によっては君の頑強さに期待することになるかもしれない」
それはまた、大きな期待だ。正直応えられる気はしないが、それだけの覚悟をしておこう。炎は苦手だが、全く対抗できないわけではない。あの親衛隊のかつての長、ハーグの炎ですら、今よりも未熟な俺でも防ぐことができた。
飛び出した俺目がけて、竜が右の翼を軽く上げる。チャンスだ。
低空で、鋭く草を刈り取るように飛来する翼。その先端の鋭利な爪で俺を攻撃するつもりだろう。均一な黒のせいで距離感は掴みにくいが、勘で飛んで避けるしかない。そしてハイネの仮説を……。
翼をぎりぎり避ける程度に跳び上がり、俺の足元を通り抜けていくその体に軽く触れる。
魔力を喰らう、確かな感触。敵の身体が抵抗なく削れていく感触がある。つまり成功だ。他の異形と同じように、傷口からは霧か血飛沫のように黒い魔力が漏れ出ている。
乱戦、しかし勝ち目は見えた────!
次回、530:傷を抉る お楽しみに!




