526:翼を奪われた悪魔
「【影】、現状の報告を頼めるか」
「は、はい。現在異形の大群と交戦中です。首魁は上空を旋回していますが、物理的な攻撃、魔力的な攻撃どちらも弾かれてしまっており……」
「結構。つまり空まで届く、強力な攻撃があればいいのだな」
【滅】の言葉に【影】が頷く。だが、それが難しいからこそ手こずっているのだ。どうやら【滅】にもすぐに実行できるような策は持ち合わせていないようだ。しかし……。
「なんか、前と雰囲気違う……」
リリィがじとっとした目で【滅】に言う。そういえばガーブルグでは散々恨みつらみを向けられていたし、多少思うところがあるのだろう。
「あの時は思考を制限されていたゆえな。済まなかった、魔法使いのお嬢さん」
「ん、じゃあ仕方ない」
「国の守りを司る者が思考操作を受ける、仕方がないでは済まぬ事態だ。本当は【縛】より重い罪を受けるべきだった」
彼も彼で、罪の意識を抱えているのか。責任ある立場を他人にいいように使われたとなれば当然かもしれない。なにより、それがあってなおその立場を追われなかったということがより彼を責め立てているのだろう。
仕方がなかった、と許されてしまうほどの実力が彼にはある。実際、俺たちで束にならなければ勝ち目は全くなかった。一人で戦局を覆すだけの力が、彼にはある。
「しかし、氷の大地か。地の力はあまり受けられないな」
「海底に沈む方がマシだったか?」
氷を溶かされた上にケチをつけられた、と言いたいのだろう。グラシールが皮肉っぽく笑う。確かに少し不便だが、【滅】の言い分も少しはわかる。
彼の怪力はもちろん強みであるが、あくまでその力の最たるは大地と接続した際の圧倒的な回復力だ。いくら傷を与えようと、瞬時に大地の力を吸い上げ回復する。絶対に倒れないという強さが彼の最大の力だ。
「表現が不適切だったな、謝罪しよう。こうして立って戦えるだけで僥倖だ」
「なんか、丁寧に悪いな……」
先ほどから思ってはいたが、リリィの言った通り性格の変わり方がどこか落ち着かない。以前はもう少し狂信的な破壊者といった感じだったが、そもそもはこうも理性的だったのか。
冗談に真面目に返され、グラシールも少し焦っている。俺はほとんど冗談なんて言わないが、特に【滅】には言わないようにしよう。あんな返しをされたら、その後二度と冗談が言えなくなりそうだ。
「微力だが、助太刀しよう」
「お久しぶりです、【静】さん。心強いです」
セリも久しぶりに【静】に会えて嬉しそうだ。【静】は戦いの合間にこちらを向くと、一瞬だけ俺を見つめる。挨拶のつもりなのだろう。
ガーブルグの援軍のおかげで、というか特に最大火力を出せるようになった【破】ととにかく暴れ回る【滅】のおかげで戦線はかなり持ち直した。性格は元に戻っても、その戦いっぷりはやはり狂戦士のようだ。巨体を振り回す姿はまさに圧巻。
とはいえ、いくら戦線を立て直しても元凶を断たないことにはこの戦いは終わらない。どうすれば、奴に攻撃が届くだろう。
「妾の炎を前に、塵すら残れると思うなッ!」
今まで以上に活発な【破】は、その言葉通り塵ひとつ残さずに異形を焼き尽くしていく。本当にすごい火力だ。この火力なら……。
「この火力なら……! リリィ、【破】を持って空まで行けるか?」
彼女の炎をどうにか届けることができたなら、そうすれば千変万化の異形の守りも貫通できるかもしれない。
「無理。バランスが変わっちゃうから、人を連れていくのは難しい」
いい案だと思ったのだが、肝心要の【破】を届けるという部分が無理ならばどうにもならない。
「その任、俺が受けよう」
落胆する俺たちのもとに歩み寄ってきたのは【滅】だった。彼が空を飛べるわけがないし、まさか……。
そのまま【滅】は【破】を呼び留め、一旦炎を消させてから側まで呼び寄せる。絶対に断ると思ったのだが、【破】も乗り気のようだ。どうなっているこの部隊は。
「いくぞ、【破】!」
「おうとも、隊長!」
ぐぐぐ、としっかり力を溜めてからの、全力のフルスイング。砲弾のような勢いで【滅】の腕から射出されたのは、他でもない【破】だ。
まさか本当に投げることで上空に彼女を届けるとは。発想はともかく、本当に実行する度胸と実力があることに驚きだ。
しかし、最大の懸念はやはり異形の知性。そしてそれは現実のものとなる。単純な回避は難しいと判断したのか、鳥の異形は羽ばたいてより上空に昇り、【破】の攻撃を避けようとする。
「させない。逃がしはしないわ」
そんな静かな声と共に、【破】に巻きついている黒布の一部が鳥の異形へと伸び、そしてその翼をがっちりと掴む。
こうなれば、もう必中だ。煌めく炎が、鋭い拳が、異形の身体へと叩き込まれる。
次回、527:インファイト お楽しみに!




