525:大罪と厳罰
大型船の帆が折れる。衝突の際の損傷がほとんどないと思っていたが、やはりダメージはあった、ということだろうか。あれだけの衝撃、それも当然だが。
「い、いや……レイさん、なんかおかしくないですか?」
ハイドが青い顔で船を見る。言われてみれば、何か揺れているような。地響きというか、船を思い切り殴りつけているような。
めりめり、と木が割れる音と共に、甲板から何かが吹き飛ぶ。もしや、中に乗組員が残っていたのだろうか。うまく戦場から逃れられるだろうか。
「だから、我は必要以上の強化魔術は避けるべきと具申した」
「辿り着けたのだから良し、ということにしてくれ。急を要す事態だ」
木片が吹き飛んだところから、巨大な人影が現れる。力の権化、といったそのフォルム、絶対に間違うことはない。まさか来てくれるとは。
「隊長!? 」
「出撃命令が出た時は驚いたが……。だがこの状況ならば頷ける」
ガーブルグ帝国特殊部隊隊長、コードネーム【滅】。地神の眷属、巨人の血を引いた帝国の最終兵器。
後ろには、帽子とマントで顔を隠した隊員の姿が。【静】だ。しかし、その後ろにもなにやら人影が見えるような……。
「此処は戦場、隠れず出てこい」
「う……わかったわ……」
発破をかける【静】に、その人影はゆっくりと姿を表す。静かで、不安を湛えた、それでいて確かな歩み。雰囲気だけではない。その表情からはどこか毒気が抜けているように思えた。
「【縛】、お主……」
聖遺物【夢幻の縛布】の使い手、コードネーム【縛】。その力で【破】を支配し、その罪のために謹慎していると聞いていたが。
「ここには、罪を雪ぎに来たの。ちょうど、いい雨が降っているし」
与えられた、贖罪の機会ということか。確かに、ここで異形を倒し同盟を救ったとなれば罪を償ったというのも難しくはない。彼女にとっても、そして帝国にとっても都合のいい取引だったのだろう。とにかく、罪はどうあれ彼女も特殊部隊の一人。重要な戦力であることには変わりない。
「この戦いが終わったら、私は消えるから。今だけはこうして戦うことを、許してちょうだい」
静かに告げる【縛】に、【破】は背を向ける。
「それは、勅命か?」
「……いえ、私がそうすべきだと思って」
「ならば、戦場からの退避は許さぬ。この一戦如きで己の罪が綺麗に洗い流されることなどない。第一、お主がおらねば妾は最大の火力が出せぬゆえ」
好きにしろ、とばかりに【破】は軽く腕を広げる。数瞬の迷いの後、【縛】はその腕に黒い布を巻き付けていく。ぎりぎりと締め上げるように縛り付けられた腕は、それでいて逞しかった。これでこそ、【破】の本来の力を発揮することができる。
これが彼女への罰か。自分が成した悪行を、擬似的にではあるがこれからも何度も繰り返すのだ。叩き折られ、もはや二度と同じ罪は犯すまいと諦めに近い反省を得た彼女に、自分の過ちと直面させ続けるのだ。
楽なことではない。むしろ残酷だ。しかし、【縛】が真にその罪を雪ぐことを望んでいるのであれば、きっと乗り越えてくれるだろう。
「皆、今までの助力を感謝する。だがな、これからは妾に近づくでないぞ」
にやりと笑って言うと、【破】はその拳に蒼い炎を纏う。粉塵のような火の粉が周囲を飛び交い、その一つ一つが異形を焼き尽くし、蝕んでいく。他の接近を許さない圧倒的な火力だ。
「妾に触れると、火傷するぞ」
「余計な手間が増えたぞ、クソガキが……」
悪態を吐くのはグラシールだ。よく見れば、足元から目に見えるほどの冷気を生成している。【破】の火力で溶けかけた足場を補修しているのだろう。確かにグラシールにとっては厄介なことかもしれない。
だが、その瞳には確かに期待が宿っていた。半分くらいは自分に手間をかけさせた以上戦果は出せというようなもののようにも思えるが。
次回、526:翼を奪われた悪魔 お楽しみに!




