524:暗礁
来た。全ての力をゼロにする最強の障壁が。敵を蝕む爪も、敵を焼き尽くす雷撃も、全ての力がゼロになる。もう一瞬展開が遅れていたら危なかった。
全ての攻撃が空振りになったこの瞬間、ここがチャンスだ。グラつく身体を必死に抑えて、一歩踏み出す。
「今だッ!」
俺の合図に呼応し立つ二人。その魔力は混ざり合い、煌めく雪と刃の光が迸る。
「行きますよ〜!!」
「はいッ!」
背後から吹いてくる烈風。雪を含んだその風、まさに吹雪だ。残った二体の異形は吹雪に飲まれ動けずにいる。だが、これだけでは決め手にはならない。
それでも、不思議と不安にはならなかった。リーンの笑顔が終末を告げていた。
予感は現実に。吹雪のその雪、ひとつひとつが剣に変わり少女の異形に襲い掛かる。これは、思った以上に凄まじい。
リーンとシャーロットの長所を重ね合わせ、しかし短所を補った強力な力だ。威力は絶大だが手数と速度に少々難のあるリーンと、勢いはあるが決定力に欠けるシャーロット、二人のいいとこ取りといったところだ。
大抵の魔法、魔術はどうにか対抗できるつもりだが、これをされてしまえば俺も勝てないかもしれない。それこそミュラの力を借りて勢いを殺しでもしなければ、全身を貫かれて終わりだ。
雪の一片一片が死を招く。それこそ異常な数の刃に視界を覆い尽くされて全く異形の様子は見えないが、これではさすがに生きてはいられないだろう。その証拠に、上空で鳴り響いていた雷鳴は再び消え去り、終わらない戦いに俺たちを強いる黒い雨だけが静かに降り続いている。
血を流し、そして血を増やしてようやく意識が保てるようになってきた。視界はまだ端がぼやけているが、それでももう戦える。グラシールにも礼を言って、再び自分の足で立ち上がる。
「あ、あれ……」
一度剣に変えた雪を元に戻したリーンが、西の海を指して呟く。
「今来てしまいましたか……」
【影】が悔しそうに呟く。そう、少し遅かった。グラシールが氷の大地を作り上げてくれた以上、足場はこれ以上ないくらいに整っている。今ガーブルグの大型船が来てもこちらに近付くことができない。
こちらに向かってくる様子を見る限り、魔術的な補助を受けてかなりの速度で航行している。どうにか止めさせないと座礁して、中の乗組員も無事では済まない。
「本部、本部、応答しろ! クソ、通じぬかっ!?」
【破】が通話宝石を地面に叩きつける。通じないのはおそらくこの雨のせいだ。魔力でできた雨のせいで大気中に余計な魔力が蔓延し、宝石同士の魔術的なつながりを阻害しているのだ。
大型船の上に人の姿はない。乗組員はいないのだろうか。いや、いなかったとしても国の大きな財産である大型船をダメにしてしまうのは忍びない。どうにか止めてやれないだろうか。
そうして揺らいだ俺たちの心を、襲いくる異形が現実に引き戻す。何かできればいい、はただの理想。言うだけタダの甘えに過ぎない。俺たちが一度に守れるものはそう多くはない。あの大型船も、無駄になってしまったがしかし、グラシールがいなければ必要なものだったのだ。
ただでさえ気を抜けば命すら失いかねない戦場だ。守るべきもの、守るものは選ばなくては。そして今回は……。
「無理ですね。本国には申し訳ないですが、諦めましょう」
「まあ、しようがない。その分戦果で貢献するとするか」
どうやら船を制御している乗組員も少ない、もしくはいないようだし、今回は切り捨てるのが得策だろう。
しかし、少しの疑念が俺の頭にこびりついて離れなかった。もうすぐ目標地点だというのに、なぜ減速しないのか。対象の地点に停泊させるという指示には、この勢いでは応えられない。何か意図があるのか、もしくは、制御を失っているのか。
いや、それも無駄か。とにかく、もう俺たちにできることはない。
減速する兆しのない大型船は、氷の暗礁、グラシールの作った大地の端の方に勢いよく乗り上げ、そのまま異形を散らしながら滑走。そしてもともとあった大型船に激突して停止する。だが、不思議と今回やってきた船はほとんど損傷していなかった。
この不可解な事態は、いったい……。
次回、525:大罪と厳罰 お楽しみに!




