523:聖女の眼差し
少女の異形の攻撃は苛烈だ。しかし近接戦闘ならばその破格の攻撃さえ防げは攻撃の隙が生まれる。であれば、守る手段があればいい。
だからこそ、ミュラだ。彼女は最後の瞬間まで、俺に向かう攻撃を防いでみせた。彼女の力があれば、攻撃のチャンスを作れるかもしれない。
「一旦俺が引きつける。隙があったらやってくれ」
数歩前に飛び出したからか、少女の異形は三体全員こちらに敵意を向ける。それでいい。俺を攻撃してこい。
この至近距離では自分を巻き込んでしまう危険があるからか、雷撃の威力も大したことはない。これを完封できれば。
左目に意識を集中させる。だが、感じられるのは宝石のひんやりとした感触だけ。あの魔力が溢れるような感覚は全くない。
もしかして……。嫌な予感が湧いて出る。あの王都の戦いで、ミュラの力は全て消えてしまったのではないか。力を使い果たしてただの物言わぬ宝石になってしまったのではないかと。
もしそうだとしたら、この戦いが厳しいものになるだけではない。もしこの宝玉からも彼女を失ってしまったのだとしたら、俺は……。
「応えてくれ、頼むよ」
彼女の力に頼らなければ勝てない。不甲斐ないことだが、これは事実だ。今は回避できているが、少女の異形に散開されたらそれこそ終わりだ。今他の異形と戦っている他のメンバーが攻撃されたらひとたまりもない。
むしろ、耐久力のある俺が突っ込んで一人でも落とした方がいいのだろうか。彼女の力が強力なのは事実だが、使えない力に固執して負けるよりはマシだ。
攻撃を避けつつ接近していく。グラシールを中心に氷や剣の生成で敵の動きを牽制してくれているおかげで近付きやすい。これならば。
一番近い少女の異形の懐に入ると、刀で腹を一突き。脇の異形に爪で右脇腹を裂かれるが、この程度の負傷は勘定に入れてある。抵抗する異形を突き飛ばし刀を抜くと、よろけた隙に追撃を叩き込み、その力を奪う。
あと二人。脇腹の傷はすぐに塞ぐことができたが、じわじわとした痛みが身体に残っている。
一人減れば戦闘は格段に楽になる。これならば、このまま……。
「……!?」
急に身体がぐらつき、立っているのが厳しくなる。天地が逆さまになったような感覚。この感覚、まさか。
俺を嘲笑うように、傷口がじんじんと痛む。毒か。こんな時だというのに。今までその爪の攻撃をしっかり受けてこなかったから、こんなことがあるなんて知らなかった。
だが、俺でよかった。俺ならば、血を流して交換すれば毒はあらかた抜くことができる。左手の掌を斬って、どくどくと血を流す。
この毒が抜けきるまで、何分かかるだろうか。そしてその数分は、俺を生かしてくれるだろうか。意識も朦朧とする中、攻撃を捌き切るのは……。
「な〜に一人でやろうとしてるんですか、ボクたちも頼ってくださいよ〜!」
「身体がぐらついてますよ、一度下がってください」
リーンとシャーロットが前に出てくれる。だが、この二人にあの爪の攻撃を喰らわせるわけにはいかない。
「私も、頑張ります。待たせてしまってごめんなさい」
燃えるように左目が熱くなる。怒りではないとわかった今、それはどこか心地良くもあった。彼女の高潔な力が湧き上がっている、その現れだとわかれば、どうということはない。
そもそも今は毒で身体中朦朧としているのだ。多少の熱さなど、もはや感じない。
「二人とも、俺のことはいい」
「え、でも……」
「だから、奴を、全力で倒してくれ」
ぐらつく意識と視界の中でも、敵だけははっきりと見据えられた。よろめく俺を、グラシールが抑える。支えてもらえるだけでも、心強い。
少女の異形も俺の変化を感じ取ったようで、一気に攻勢を仕掛けてくる。雷撃も、自滅覚悟の規模だ。しかし、もう遅い。
「均衡天秤・限定展開……!」
次回、524:暗礁 お楽しみに!




