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521:顕如盤石

 鳥の異形の速度は異界術師を運んでいたものと変わらない。俄に地上に降りるわけにもいかず、しかしここを離れるわけにもいかない。なかなかにその機動力を活かしづかい状況だろう。


 この空域を離れられないのであれば、カイルの的でしかない。さっさと落ちて、その無防備な姿をリリィに晒すといい。


 空にペンで線を引いたような軌跡と、それに追随する音。カイルの弾丸は正確に鳥の異形を捉える。


 が、空を舞うその姿に代わりはなかった。よく見てみれば、着弾地点から地上に落ちていくボロボロの魔力の塊がある。まさか……。


 信じられないが、それしかあり得ない。奴は射撃を受ける直前に、物理的な攻撃を防ぐのに優れた異形を呼び出してカイルの攻撃をいなしたのだ。


 奴は異界術師がどのように敗北したか知っていた。だからこそ空に上がり、対応すべき攻撃を一つに絞ったのだ。


「リリィ、狙えるか?」


「速すぎて、多分当てられない」


「私の禁呪も射程外ですね……」


 またもこうして空を飛ぶ相手に苦しめられるとは。雷鳴の速さで飛んでいくアーツの禁呪も、港の防衛に割いてしまっていて使えない。いくら彼の身体と禁呪が一体化したとはいえ、一つでも死に至る可能性のある術式をいくつも行使しているのだ。無理はさせられない。


「カノン、なんとか威嚇射撃だけでも! ここは私とハイドで抑えますッ!」


「え、この数を二人で……!?」


「よっしゃ、任せといて〜」


 ファルスの面々は、カノンを軸に上空へ攻撃し、ハイネに隙を作ろうとしてくれているようだ。セリとハイドの動きも良く、現状しっかりとカノンを守れている。しかし危なっかしい動きもまだいくらかある。目を配っておこう。


 鳥の異形はハイネの射撃を躱し、合間を縫って飛んでいく。スピード、制御の両方に優れているせいで本当に隙がない。そしてあの防御。カイルが確実に攻撃を命中させられるとして、呼び出す異形のせいで防がれてしまう。


 まさに盤石。雨は降り続け、そして異形もまた増え続ける。このままこれが続けば、訪れるのはこの世界の侵略と終末だ。


「私が飛ぶ。万が一の時は、お願い」


 リリィの提案に、頷く以外の選択肢は今は与えられていない。魔力を使い空を舞えるリリィなら、どうにか撃ち落とすことができるかもしれない。今可能性があるのは彼女だけだ。


 しかし、もし反撃を受けたら。そんな懸念は、ここでは口には出せなかった。俺たちにできるのは、ただ見守り、送り出すだけ。彼女の覚悟を無下にはできない。


 重力石の力を纏い、リリィは空へと飛んでいく。気付いたカノンは射撃を止め、地上の異形の殲滅に専念する。


 自分に向かって飛来する魔力の塊、その存在に気付かないわけがない。激しい迎撃も、魔力を纏っているリリィには効果がない。溜め込んだ魔力の奔流を盾として使っているのだ。


 危機感を覚えたのか、鳥の異形はより高く飛翔し、掴まれている人型異形はリリィにさまざまな種類の異形を降らせる。あの勢い、リリィの魔力消費量はかなり激しいはずだ。あとどれだけ飛んでいられるかどうか。


 空の果てのリリィがひときわ強く輝く。決めるつもりなのだ。暗雲の中誕生した太陽のようなその光を、俺たちだけでなく異形すらもが見上げる。この場全ての目を奪う、圧倒的な輝きだ。


 しかし、その光が消えてなお厄災の黒星は空に鎮座していた。常に有利な力を持つ異形を後出しできる奴の強さは、少々卑怯だが本物だ。リリィすらが攻撃や移動のための魔力を失い、ゆっくりと地上に落ちてくる。


 いくら重力を低減しているとはいえ、あの高さからの落下は致命傷になる。どうにか助けに行かないと。


「ハイネ、いったんここは任せた!」


「ええ、もちろんです!」


「我々も請け負います」


 【影】も援護に入ってくれるのならハイネも安心だ。リリィの救出に全力を注げる。身体補強・天火フィジカル・シフト・メルトアウトを励起し、リリィの落下地点と思しき場所まで急行する。


 いくら俺が受け止めようと、あの高さではまずい。だが、リリィは「万が一の時は」と言っていた。彼女も馬鹿ではない。考えがあるはずだ。


 目と目が合う。すぐ近くまで落下してきたリリィは、その瞳でしっかりと俺に告げていた。「大丈夫だ」と。


 着地の少し前、リリィは魔力を地面に向けて噴射し、落下の勢いを殺す。少し浮き上がった彼女を飛び上がって抱き留め、そのまま着地する。


「ごめん、倒せなかった」


「他に出来たやつもいないんだ。それよりも、ここをどう切り抜けるか考えようぜ」


 考えなしで飛び出してしまったのは、リリィよりも俺の方だ。いつの間にか周囲の皆とは離れ、そして異形に囲まれてしまっていた。

次回、522:止まない雨 お楽しみに!

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