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518:極北に立つ氷嵐


 聞こえてきた僅かな声。しかしそこには激しく荒れ狂うような、それでいて冷酷な、静かな魔力が篭っていた。


 叩きつけるように魔力が広がり、それと同時に海が凍りついていく。【影】も無事に着地することができた。なにより異形までの広い足場ができた。


「なにこれ〜!?」


 カノンの驚きも無理はない。この力は、俺たちひとりでどうこうできるものではない。それこそ、本当に神代の力なのだから。


 異形が北方に注意を向ける。それもそのはず、「それ」は北から、徐々にこちらへと接近している。


 何かが高速で回転するような、魔導機関の駆動音。それと共に視界に現れたのは装甲車の上に立つ、氷嵐の主だった。


 異形もその脅威を認識したのか、その注意と敵意をそちらに切り替える。雷鳴も異形の群れも全てそちらへ向かう。


「この程度か……?」


 その一言で、巨大な異形も含め、全ての異形が凍りつく。この圧倒的な力、流石と言わざるを得ない。これが神代の力。彼の、グラシールの力だ。


「グラシールさん、なぜここへ……?」


「女王の指示だ。護衛よりも、ここでの戦いの方が重要だとな」


 俺たちのもとまで到達したグラシールに、リーンが問う。自身の側にいる最強の護衛を手放してでもこの戦場を勝利に導く。肝が据わっているというかなんというか。


 思えば、俺たちと初めて会った時から異様に度胸のある女だった。俺たちがニクスロットに行った時から国をひっくり返す覚悟が決まっていたように思う。そしてなにより、一度は自分と、その部下すら殺そうとした相手であるグラシールを今は護衛として側に置いているのも驚きだ。なにか密約やら心象の変化があったのかもしれないが、それにしてもなかなかできることではない。


「いやはや、助かりました。格好つけて飛び出したのに、恥ずかしいです」


 【影】も遅れてこちらまで戻ってきてくれた。なにしろグラシールが全て片付けてくれたのだから。ニクスロットで城ごと全て凍らせたあのときの光景と似ている。圧巻だ。


「だが、あくまで凍らせただけだ。小娘も解ってはいるだろうが、俺たちの術はどうにも効果が薄い」


「あはは、そうなんですよね〜。イザベラさんの魔力を、どうにも浸透させられなくて」


 そうか、氷の生成はそれそのものは魔術、魔法だが、生成されてしまえばそれはただの氷。それ自体に魔力を纏わせなければ有効打にはなりにくい。それはどうやらシャーロットでもグラシールでも変わらないらしい。


 ということは、今異形たちはその力を押さえつけられているだけ。つまり放置すれば出てくるということか。


「じゃあ、今の内にリリィに消し飛ばしてもらうか?」


「任せて、準備はできてる」


 そのやる気は汪溢する魔力で理解できた。許容量ギリギリの魔力を保持しているのだろう。その深い海のような瞳が僅かに光を放っている。


「俺が直衛に入る。行かせてくれるな?」


「私にも、行かせてください」


 俺とハイネ、二人で行けば何か起きても対応できるだろう。他の皆も異論がないようだ。カイルやカノン、グラシールも援護してくれるし、そこまで気を張り過ぎなくてもいいだろう。


 氷の大地に降り立ち、歩いて異形のところへ進んでいく。リリィの力は強大だが、離れてしまうと多少は威力が落ちる。この状況ならできる限り近付いて撃った方がいい。


 動かなくとも、異形は圧倒的な存在感と、異様な敵意を放っている。顔もなく、目もない異形だが、俺たちのことを睨みつけているのはよくわかる。常に槍で貫かれているような、そんな視線が刺さり続けている。


「どんなに睨みつけても、やめないよ」


 リリィがゆっくりと腕を持ち上げ、そしてその魔力を集中させていく。行け。このまま、奴らを消してくれ。

次回、519:四面恨歌 お楽しみに!

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