517:誕生と再生の坩堝
カイルの銃弾とアーツの雷光は、確実に少女の異形の肉体を貫いたはずだった。しかし、その傷は一瞬で塞がり、今度は憎しみの籠った瞳でこちらを睨みつけている。あの感じ、覚えがある。
俺が一人で船上で戦っていた時に見た光景と同じ。球の力によって無限に再生する異形と同じような身体の戻り方だ。
奴らは球が生み出す魔力の上に立ち続けることで再生していた。であればおそらく今回もそれと同じ、つまり巨大な異形が魔力源になっている。
「下の異形だ、奴があの再生力の源だ!」
俺たちの中で長距離攻撃の手段を持つのはアーツとカイル、リリィもそこそこいけるしカノンもある程度は届くだろう。この四人で下の異形を滅ぼせるだろうか。
俺もできることなら参加したいが、ここから船なんぞに乗って近づけば少女の異形に狙い撃ちされて落とされてしまう。シャーロットに氷の道を作ってもらうのも同じことだろう。
そして、気になることが一つある。少女の異形は実体をもっているはずだ。カイルとアーツの攻撃を受けたときの様子もそれらしかった。だが、魔力を受け取り再生している。魔力でできていないはずの身体が、魔力を補給し回復。少し気になる。
「うえ、なんか増えてる……?」
シャーロットの言う通り、異形の身体からは少女ではない、人型の異形がずるずると這い出して海に落下している。少しずつではあるが、こちらに向かってきているようだ。海が渦巻いているせいでうまく進めていないのが不幸中の幸いだろうか。
「ですが、あれの正体はなんとなくわかってきましたね。本陣に鎮座し、兵力を生み補給もこなす生きた要塞とでも言えばいいでしょうか」
おおむね同意だ。そしてそう言った【影】の表情が示しているのは、これは対人戦ではなく攻城戦だ、ということ。なんとなくわかってはいたが、俺たちには向いていない。
だが、不可能ということもないはずだ。要塞を砕く、つまりあの巨大な異形を打ち砕く可能性を持つのは特大の火力を持つカノン、もしくはリリィ。練度、威力、精度共にリリィに任せるのがいいだろう。奇しくもファルスのときと似た形。俺たちはリリィを十分に守り、道を切り開いてやればいい。
「この状況、悪いけど俺は防衛に専念させてもらうよ。【綺羅星】のコントロールと補強に集中したい」
それは心強い。少女の雲は少しずつ勢力を広げ、もう少しでその雷鳴もこちらまで届いてしまいそうだ。アーツが守ってくれるなら安心して戦える。
しかし、ここからどう攻勢に出ればいい。防がれず、最強の一撃を叩き込むには。
「シャーロットさん、船まで少し高い氷の壁を作ってはくれませんか? 少し傾いているとなおいいのですが」
「え、へ? いいですけど……」
【影】の提案に戸惑いつつも、シャーロットが氷の壁を作る。しばらくして壁は船まで到達し、ここと船までをつなぐ架橋となる。
「召喚、陸式特殊軍刀:影月」
「【影】、何をするつもりだ。自殺前提の特攻など妾が許さんぞ」
手に握られた、背丈よりも長い軍刀。【破】の警告も納得だ。あいつ、まさか一人で突撃するつもりなのか。
「なに、切っ掛けを作るだけです。創造と再生を繰り返すその坩堝に、一閃の綻びを生む、ただそれだけのこと」
そう言って【影】は氷の壁の影に入っていく。……なるほど、影の中を進めば素早く、そして察知されることなく戻って来られるかもしれない。どうか、うまくいってくれればいいが。
ただ見ていることしかできない俺たちを前に、少女の異形はどんどん力を増していく。海も空も、それにつれてより荒れてくる。
「うう、どうにか保ってください〜〜!!」
シャーロットも必死に氷を継ぎ足して【影】の道を補強している。そうでないと、波と風に削られて崩れてしまいそうだ。
そろそろか。【影】が異形の体勢を崩してくれれば戦局は変わる。この戦いを攻城戦に例えた彼の言葉を借りるならば、侵入からの奇襲といったところだろうか。
氷の壁の影から彼が飛び出してくる。そう思った時だった。少女の異形の雷が氷に直撃し、ついに砕け散ってしまう。
「ほ、補修を……!」
シャーロットの魔力も、とても一瞬では向こうまでは届かない。そして何より、道が消えたせいで【影】が空中に放り出されてしまっている。普段の海ならともかく、この荒れた海に叩きつけられて、果たして生きていられるだろうか。
「く、これだから……!」
飛び出そうと踏み出る【破】の肩を抑える。何人で行こうと犠牲者が増えるだけだ。これ以上戦力を減らすわけには……。
「オーウェン……」
空に放り上げられてなお、彼は戦おうとしていた。空中で姿勢を整え、刀を構えている。うまく拾えば、助かるかもしれない。
そんなこと、言うまでもなかった。シャーロットは必死に足場を伸長し、どうにか【影】を拾えるようにと波濤と轟雷に抗っている。だが……。
刀はとても届く距離ではなく、氷の生成も間に合わない。【影】は力を失った鳥のように、水面に向かって落下していく。
「ノウ・ネイウィア」
次回、518:極北に立つ氷嵐 お楽しみに!




