507:天を罰する鋼星
海に疾る流星。いや違う。あくまでその光が輝いたのは遥か上空だ。ただ、すぐ近くで輝いているように錯覚してしまっただけ。それほどに輝きが強かったのだ。
空を駆けたものの正体が知りたくて、必死に浮上する。水をたっぷりと吸った服はやたらと重いし脚もかなり疲弊していたが、それでも俺は浮上をやめなかった。
水面に顔を出すと、しっかりと息を吸い込む。空気を得てよりはっきりした視界に飛び込んできたのは、力を失い墜落する異形だった。
鳥の異形、その片翼は大きく削れ、空中で姿勢を保てなくなってしまっている。荷を抱えていれば尚更だ。そのまま鳥の異形は船に墜落していく。
あれだけの損傷を与えられる光、もしやヴィアージュだろうか。しかし、あれだけの遠距離攻撃手段があるはずならば、向こうで既にやっているはず。波に揺られながらも周囲を見回す。
「あれか……!」
港のあたりで、きらりと太陽の光を跳ね返すもの。【影】の特殊軍刀のように長いが、少し違う。なにせ、その担い手が違うのだから。
それは大きな銃だった。銃というよりは大砲とでも言ったほうがいいだろうか。地面から無骨な鉄の棒が生えている。
大砲を操作しているのはカイル。ここからでもわかる。なによりあの距離の射撃を成功させることができるのなんて彼くらいだろう。
「でも、なんで……」
カイルは情報・資材のやり取りに従事していたはずだ。よく見れば、ハイネも近くで双眼鏡を構えている。
それを問うためにも、まずは船に……。
そう思った瞬間、船で大爆発が起きる。爆風に乗って、セリが吹き飛ばされてくる。
「セリ、セリ……!」
ちょうど近くに落ちてきてくれたからよかったが、離れていたら危なかった。爆風で傷つき、気を失っている。船に降りたはずのヴィアージュは何をしているんだ。
「れ、レイさん! これを……!」
煤だらけになりながらも、ハイドが縄を投げてくれる。水中でうまくセリを背負うと、縄を伝って船の上に上がる。普段は大人しく影の薄いところがあるハイドだが、こういうところで踏ん張れるのは大きい。
甲板の上は酷い状況だった。爆風に晒され、ほとんどが吹き飛んでしまった。炎上こそしていないようだが、これを使い続けるのは無理があるだろう。
「すまない、遅かったね……!」
船内からヴィアージュが飛び出してくる。どうやらマスクに装着する宝石の替えを船内に取りに行っていたらしい。だが、様子がおかしい。明らかに普段と違う。その苦しそうな表情は、どこか姉を思わせた。
「全身がひりつく。ヤル気で現世に出ちゃったせいで、一気に魔力が足りなくなったみたいだよ」
全速力で山の上まで登ってしまった、みたいなことだろうか。こちらに来た時、つまり亀裂の中に入る前は身体が戦闘向きになっていなかったからマスクのみで過ごせたが、魔力を大量に消費し続けている状態で出てきてしまったから、急な反動で身体が影響を受けているのだ。
「神代最強も難儀なもんだな……!」
辺りを見回すが、船の手近な扉は全て吹き飛ばされてしまった。船底にある部屋なら行けるだろうか。とにかく今は彼女の部屋にヴィアージュを戻してやらないと。
「ダメだ。ここで退けば、彼らが死ぬよ」
未だ戦おうとするヴィアージュを担ぎ、船内に向かう。確かに彼女の言う通りだ。だが、俺は俺の最善を尽くす。
「ちょ、ちょっと……!」
抵抗するヴィアージュを抑え、下り階段へ。今のハイドに、気絶したセリとカノンを守りながら異界術師を倒す術はないだろう。だが、何も危機を乗り越える方法はそれだけではない。
「ハイド、二人を抱えて予備脱出用の小舟に乗れ!」
肘で上手く小付いてコートの懐から宝石を出すと、踵で一度傷付けてから後方に蹴り飛ばす。効いてくれればいいが。
飛んでいった宝石は、異界術師の近くで炸裂する。ただ魔力を放出させるだけだから大して役には立たないが、身体が魔力で構成された彼らならば、少し妨害できるかもしれない。
船底の、壊れていない綺麗な扉にたどり着く。懐の鍵でヴィアージュの部屋に入り、ベッドに寝かせるとすぐに外へと向かう。
「私を助けて、よかったのかい……?」
「まあ見てな。そこからな」
扉を閉めて鍵を回収すると、甲板に戻る。……前に、一度様子を伺い、それからゆっくりと身体を出す。
異界術師は、案の定小舟で離れようとするハイドたちを狙っていた。だが。
やはり、先程の光はこれだったか。空をかけるのではなく、俺のすぐ横を流星が駆け抜けていく。異界術師は上半身らしき部分のほとんどを削り取られていた。
甲板の上にあるものをほとんど自分の爆発で吹き飛ばしてしまったせいで、むしろ撃ちやすくなってしまったのだ。かなり大型だから弾の再装填には多少の時間がかかると思っていたが、ピッタリ当ててくれた。
次回、508:消滅 お楽しみに!




