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505:魔神

 この世界の、この地域の長ということだろうか。一族を統べるというのだから、この空間全てを治める存在か。そしてそれは俺たちの世界で言う、神。


「お前、神なのか……?」


 訊くと、それは不機嫌そうな声を出す。神呼ばわりされるのは気に食わなかっただろうか。


「お前らは、いつもお前らの定義で、お前らの言葉で我らを決めつける。そっちが現世、こっちが領域外。ここに俺たちを追いやったのは誰だ?」


 確かに、一理あるかもしれない。もともと彼らもあちら、俺たちが住んでいる世界に生まれた存在なわけだし、好きで隔離されたのではないのだ。


「だがまあいい。我らを封じた奴らは、我々一族を『魔族』と、我のことは『魔神』と呼んでいた」


 では俺が神と言ったのも、あながち間違っていないのか。あくまで魔神が機嫌を悪くしたのは俺が自分で奴を定義しようとしたから。しかし、言葉あっての対話だ。少しは許してほしいものだ。


 魔神は、自分の正体を明かしてなお魔力に身を包み出てこようとはしない。臨戦体勢なのか単なる隠匿なのかはわからないが、一応警戒だけはしておこう。なにせ、奴は神なのだ。


「よくもお偉方がここまで出てきてくれたな。何か目的でもあるのか?」


「『殺るなら今』と言ったのは貴様だろう」


 それはその通りなのだが、まさかトップが出張ってくるとは思っていなかった。誘い出したのに戦闘を仕掛けてこないのも不自然だ。絶対に何か裏がある。


「我がここまで出てきたのは、貴様と我らが似ていると感じたから────」


「黙れ」


 全身の血液が沸騰して、逆流しているみたいに気持ちが悪い。身体補強・天火フィジカル・シフト・メルトアウトを使っている時よりも、身体と頭が熱い。今にも破裂してしまいそうだった。


 俺をいくら謗ろうと構わないが、それは許容できない。俺がこの異形共に似ているなんて、それを認めるくらいなら似ている部分を切り落として死んでやったっていい。


「俺とお前らは違う。間違っても同じように扱うな」


 しかし、怒っているのは俺だけではないようだ。魔神の側からも膨れ上がり、破裂しそうな怒りを感じる。怒気の熱量がこの一点に集中して、今にも溶け出してしまいそうだ。


「思い上がるなよ。ただ少し先に生まれただけの一族が、我が物顔で偉そうにしてるその態度が気に食わないんだ」


 わかっていない。こいつは、わかっていない。


「そんなスケールのデカい話には興味ねぇんだよ。俺はミュラを殺したお前らが嫌い、ただそれだけだ。お前らの劣等感なんざ知ったことか」


 高波のように襲ってきた怒りは去り、酒をグラスに注ぐように、静かな怒りで心が満たされていく。


 奴らの頭の中には、結局俺たちに対する復讐心と劣等感しか詰まっていないのだ。ここにいる間彼らがどんな思いをしてきたかなんて、俺の知ったことではない。


 奴らの怨嗟が数百年、数千年煮詰められたものだとしても、俺の嫌悪感は別の部分にある。同じ敵意だとして、それは同質のものではない。


 こんな俺たちがこれ以上話していても意味はない。リリィにもまた心配をかけてしまうし、もう現世に帰……。


「いや……」


 別に、ただ帰る必要はない。こいつを殺してしまってもいいのだ。どんな大義があろうと、俺たちにとっては理不尽に俺たちを襲う、異界のバケモノに過ぎないのだ。その元締めを殺せたら、異界術師を消すより効果的だ。


 魔力を纏い姿を隠す魔神と、しかし睨み合っているのがわかる。まさに一触即発。本当に、ここで終わらせてしまおうか。


 俺の器に注がれる怒りが溢れたら、俺は動くのを止められない。だが、溢れんばかりの怒りはギリギリのところで俺の裡に収まった。ホッとしたような、物足りないような気持ちを抱えながら魔神に背を向ける。彼も俺を殺す気はないらしい。


「いずれ、我の言ったことが解る日が来る」


 最後まで、懲りない奴だ。


「もしそんな日が来るのなら、その時はお前ら全員滅ぼしてやるよ」

次回、506:現世へ お楽しみに!

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