504:異形の知略
「あー、私こういう狡っからいヤツ苦手なんだよ! こういう手合いはみんなクラリスに任せてきちゃったから……」
遠くに消えていく鳥の異形を眺めながら、悔しそうにヴィアージュが言う。まさかここまで俺たちを引きつけて、一気に距離をつけるつもりだったとは。こちらにも侮れない知略を持つ存在はいるようだ。
「だが、舐められているのは君だぞ、レイくん。あいつら、私がまともに活動できない現世に逃げるつもりだ。もう少し憤ったらどうだい」
そう言われても。ここに攻め込んでいるのは俺とヴィアージュの二人だけ。どちらが脅威かと言われれば明らかに彼女の方だ。そこで別に悔しくは感じない。なにせ神代最強の存在、俺でなくても同じことだ。
むしろここでヴィアージュが出し抜かれることの方が意外だった。俺もヴィアージュも、異界術師を完全に追い詰めたと思っていたのだ。個々の力では勝っていたかもしれないが、知識という面で完全に敗北している。
俺たちは散々ここで監視の中戦いを見せてしまったのに対し、俺たちが神話領域外の異形たちについて持っている知識は驚くほど少ない。
まさかあんな高速飛行が可能な異形がいるとも思っていなかった。なにせ異形のほとんどは動きがのろい。何事も、決めつけてかかってはいけないということか。
「搦手はなぁ。俺も上司がいないとどうにも」
頼りきりになってしまっていけない、と思いつつそれでもやはり頼りになるものはなるのだ。なかなか逃れられるものではない。
「てか、なにボーッとしてんのさ! 追うよ!」
「確かに」
あまりにも素早く逃げられてしまうものだから、追うことすら忘れていた。おそらくヴィアージュも。背中を叩かれて我に返り、鳥の異形を追って走り出す。
どうにか外に連絡したいが、ここからでは通話宝石も通じない。今の当番がうまく対応してくれればいいが。
こうして追いつけない敵を追っていると、自分の手が届く範囲の敵しか倒せないことが歯痒く感じる。カイルのように遠くのものを撃ち抜くことができたのなら。
きっとそれはヴィアージュも同じ。詳しく聞けてはいないが、強力な魔法使いだったというクラリスに中距離以降の戦闘は任せていたのだろう。
全てが俺たちを罠に嵌めるためのブラフだった。近付くなと言うように並べていた手勢はもういない。用済みということだ。
決して追いつくことのできない速度の異形について走りながら、どうしても後方が気になってしまう。これを仕組んだ存在の正体が。
「ヴィアージュ、先に行ってくれ。少しやってみたいことがある。お前は先に知らせに出てくれないか」
「またお嬢さんを心配させるのかい?」
嗜めるようなヴィアージュの言葉に歯軋りする。だが、このまま流されるまま帰るのは嫌だ。
「絶対に無事に戻る」
呆れたような顔をして、ヴィアージュはさらに加速する。これで準備は整った。俺の予想通りなら、相手は乗ってくるはず。
俺は異形を屠れる身体を持っている。厄介な存在であることに変わりはないだろうが、ヴィアージュほどの絶対性はない。
相手が俺を軽く見ているこの状況ならば、俺とヴィアージュを嵌めた張本人が顔を見せてくれるかもしれない。
「俺を殺るなら今がチャンスだぜ。出てこいよ」
しばらくの静寂。しかし、その後に強大な魔力が目の前に現れる。吹き出す汚泥のような、黒い魔力。その芯の部分、中央には明らかに今までとは桁違いの、ヴィアージュにも匹敵するような存在の強さを放つ何者かがいた。
「誰だ」
魔力に向かって問いかける。荒れ狂う魔力で全身を覆い、俺に姿を見せる気はないらしい。だが、ここに来たということは何か目的があるのだろう。
「我、一族を統べる者」
次回、505:魔神 お楽しみに!




