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48:虚像神聖高楼7

 曰く、それは天を穿つ大槍。その一撃は雲を割り空を裂く。かの時代にもその力が振るわれた場面は数えるほどしかない。当時ですら敵を殲滅して余りある威力。現在のアイラ王国に存在するある二つの山は、【天衝く白雷の槍(アスタ・カエルム)】によって一つのものが割られた結果できたという。


 人の身でそれを使うことが決定的な破滅を生み出すことは明らかだ。神話顕現、それは聖遺物の本来の力を発揮することに近い。その聖遺物を使って為された過去の偉業を再現する、限定的な神代への回帰だ。ただでさえコストのすさまじい聖遺物の本来の力を限定的に発動でもすれば、廃人化は免れまい。


「命と引き換えに、この一撃でアイラを滅ぼす。夢を破ったアイラ、許すまじ」


 【奉神の御剣】の本来の姿。天も地も割る大槍は増幅しながら伸びていく。この規模になってしまうともはや俺も対処することはできない。ゆっくりと槍の向きが変わっていく。なるほど投槍なのか。長さは4000mを超えるくらい。


「今しかない……!」


 愛銃にアダマンタイトの弾丸を装填すると、ディナルドの頭を狙う。カイルのように正確に当てることはできないが、ここで止めなければ帰る場所がなくなる。莫大な量の魔力の影響なのか、ディナルドの像が少しずつブレて見える。


「ダメです、レイさん。今殺せば、あの槍は原型を保てず大爆発を起こします。」


引き金を引こうとした手を、ハイネが抑える。確かにそれはまずいが、だからといってアイラに飛ばさせるわけにもいかない。かなり上空にあるのだから、今暴発させた方が被害は少ないはずだ。


「じゃあ、どうしろってんだよ」


 それでもハイネは毅然とした表情で首を振る。そこまで言うということは何か策が他にあるのだろう。銃を下ろして教皇庁の頂上を見上げる。槍というには随分と形がはっきりしていないが、長大な魔力の塊はそう形容するに相応しいだろう。


 渾身の力を込めて、といった様子で【天衝く白雷の槍(アスタ・カエルム)】が放たれる。それはまるで宙を駆ける箒星のように空を飛んで行く。何年か前にやけに大きな流星を観たが、それを間近で見たらきっとこんなふうに輝いているのだろう。大槍が地平線の彼方に消えようかというその時、激しい発光とともにその動きが止まる。そして数秒遅れて轟音が激しく鼓膜を揺さぶる。


 ここからではよく見えないが、何かが槍を押しとどめている。山すら砕く威力を秘めたあの槍と互角に渡り合えるのは河をも割る力だ。太古の力を現世に引き継いだ、荒ぶる破壊の力だ。そしてそれが存在するとするのならば、担い手は。


「レイ、お疲れ様」


「リリィ……?」


 ハイネが手の平に乗せた通話宝石から、リリィの声がする。発動後すぐに異変に気付いて対応してくれたのか。ハイネを使ってこちらまで連絡を寄越してもらえたのは助かった。俺たちだけで何とかできなかったのは悔しいが、仕方ない。


 しばらくの間激しく圧し合っていた二つの光は、お互いが同時に消滅するように、その力を失っていった。ただ一つ宙に残された一点の光、逸話を再現した聖遺物が輝いていた。晴れ渡った夜空の中、それはひときわ強く輝く星のように静かに鎮座していた。


「悪い、助かった」


「レイはいままで一人で頑張ってきた。助けられるときに助けるのは当然」


 そう言われてはどうにも言い返せない。俺にはリリィのような輝きがないから。当然と宣って人を救えるその精神だ。俺ができるのは誰かを傷つけることだけ。結果的にそれが人助けになっていたとしても、それはただ単に目的としている殺しに付加価値的についてくるだけのもの。


「聖遺物はこちらの手配で回収するよ。お疲れ様」


「ああ。これから戻る」


 短く会話を済ませて通話を切ってもらう。強力な魔術師がどちらもほぼ再起不能な状態ではあるものの、そのどちらにも止めが刺せていないうえ、悪魔の烙印を押された俺はこの国にはもう入れない。聖遺物を奪った今、この国にもう用などないし、速やかに撤退したい。


 ハイネの話によれば付近の森に馬車を隠しておいてくれているらしく、森までたどり着けば撤退ができる。森まで走る体力はまだ残っているが、正直この数日間で蓄積された疲労が響いてきている。傷も外側と血管だけをどうにか繋いだだけで筋や骨などは完治していない。


「レイさん、あれは……!」


 神格の崩落。俺たちの戦闘か、教皇の消耗か、聖遺物の影響か。何が原因かはわからないが、教皇庁の外壁に少しずつヒビが入り崩れようとしている。


「ジェイムッ!」


 外壁に寄りかかったまま動けなくなっているジェイムの許に、俺は気付けば跳んでいた。段差の縁をギリギリ掴み、転がるようにして登る。駆け寄ってみると、酷い状態だった。あの時は月で逆光になってよくわからなかったが、腕の損傷はもちろんのこと身体そのものが衰弱していた。杖を使っている時点で察するべきだったが、ジェイムはもうこんな長期かつ高難易度の戦闘に参加できるような身体ではなかったのだ。


「ハイネ、お前は皇都外壁上に先行して到着し次第これで場所を知らせてくれ! 俺はジェイムを回収してそっちへ向かう」


 発光魔術を込めた宝石を渡すと、ハイネが頷き神殿の向こう側へ消えていく。俺は少々雑ではあるがジェイムを担ぐと助走をつけるために数歩下がる。身体補強フィジカル・シフトを強めに効かせれば十分届く距離だ。ジェイムが軽いのも助かった。


 しかし、跳ぼうとした矢先に足場が崩れ始める。どこからか始まった崩壊は連鎖的にどんどん進んでいく。もはや脱出は不可能、できるだけ瓦礫を躱し、壊しながら大きな破片を足場にして落下の衝撃をできるだけ軽くする。最終的に地上10mあたりから飛び降り手酷く身体を打ち付けることにはなったがどうにか瓦礫に巻き込まれず落下することができた。


 民衆はといえば教皇庁が崩落したというのに、いやむしろそれに怒ったようにこちらへ向かってくる。最後までこれとは、悪魔に対する恨みはよほど酷いようだ。


「ああ、我らが神よ。人の身でその力を振るったこと、お許しください」


 奇跡的に、教皇が生き残っていた。左手でジェイムを担いでいるために右手では左脚のホルスターに仕舞った銃に上手く手が届かない。


「ディナルドの魔術でこの教皇庁と【奉神の御剣】との間に縁を結んでもらっていたおかげで維持できていたが、あやつは死んだか。信心こそ薄かったものの、出来た男を失った」


 なるほど、教皇庁は聖遺物の魔力と神性を礎に存在が確立されていたのか。そして今まで持ち出せないでいた聖遺物にディナルドの魔術によって何かしらの線を繋いでそれを保っていたのか。


「万象はいずれか塵に還る。お前たちの教典にある言葉だったな。忘れないようにするよ」


 教皇を仕留められなかったのは惜しいが、いまここで民衆に到着されてしまえば俺たちの命もない。ちょうど真北に光った合図を目印に、民衆の波を避けながら屋根の上を駆ける。走って走って走って、外壁の上のハイネの許に到着した時には妙な達成感があった。


「じゃあな」


 一言残して皇都外壁をロープを伝って降りる。ジェイムは自分で歩くと言ったが、あの腕では杖もまともに突けまい。そのまま担いで歩いているとジェイムも黙った。皇都の外に出てからはさすがにもう民衆も追ってこない。敵国のほぼ真ん中にいるというのに、少しだけ安心して歩くことができた。


 しばらく歩いて辿り着いた小さな森。荷台に乗り、ジェイムを寝かせるとゆっくりと馬車が走り出す。幌もない、ただ木枠で囲っただけのような簡素な馬車だが、俺には不思議と落ち着くように感じられた。


 革命から端を発したファルス皇国との戦いは、終わりを迎えようとしている。雲一つない夜空に浮かぶ満月が、少し眩しかった。


ファルス皇国編完結ですよみなさん!!

(まだ章的にはあと一話あるんですが)

随分と長い時間をかけて書いたような気がしています。革命編よりも長かったからか、なんだか達成感がすごいです!


ではここで次章の予定を少し。

間に短めの章を一つ挟んでから、前回出てきた北国ニクスロット編にしようと考えています。

間の章ももちろん本編にはしっかり関連してきます!


ファルス皇国編までお付き合いいただきありがとうございました!今後ともよろしくお願いいたします!


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