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3:邂逅・その1◇

挿絵(By みてみん)

 上空に現れた違和感。その正体は黒衣の男だった。空中に立っているようにも見えるその男は、ゆっくりと、階段を下るようにこちらへ向かってくる。


 空を歩くことができるのかと一瞬思ったが、違う。あれは鎖だ。鎖を空中に生み出し、それを一段一段踏みながら降りているのだ。


 取って付けたような貴族風の挨拶をして、男は笑う。いや、もともと貼り付けたような笑みがより歪んだだけ。大仰な魔力も何も放っていないのに、動くことを許されない威圧感がある。


「俺はアーツ。アイラ王国軍魔導……まあいいや、一つの部隊を預かる室長ってやつだ。一仕事終えるまで、ちょっと待っててね」


 俺に、言っているのか。信じられないが、その瞳、血の結晶のように妖しく光る瞳は俺を確かに見据えている。逆らうこともできずに頷くと、アーツと名乗った男は満足そうに笑う。


 それとは対照的に、親衛隊の男の魔力は次第に高まっている。炉に際限なく燃料を加えているように魔力と怒気が増し続けている。


「何を勝手に動いている。貴様らが仰せつかった任務は別にある筈だが」


「貴方と違って王の狗ではないですからね、ハーグ団長。もっとも、こうして利害が一致すれば、王の命を受けるのもやぶさかではないけれど」


 アーツの魔力も少しずつ放出される。ハーグのようなわかりやすい威圧感はないが、今この場は俺の目の前の二人が支配していた。


 苛烈な実力を見せつける親衛隊の男、ハーグ。そして命を命として扱っているか不安になるような恐ろしさを持つ男、アーツ。この二人が衝突することはもはや避けられない、それは俺にもわかる。これから、どうなってしまうのか。


「利害……だと?」


「『国王様』は旧い魔法使いをよく思っていないらしい。俺たちとしても、貴方がいるのは少々面倒だしね」


「……成程。だが、貴様らの好きにはさせんぞ。────×××××××!!」


 俺にも向けた魔法。それがこの世に顕現する前に、その空気を引っ掻くノイズごと鎖が貫く。ここに来る時に階段代わりに使っていた鎖が、ハーグの右腕を貫いていた。


「××────」


 再びの詠唱を、今度は首を貫くことで止める。清い水の流れのような玲瓏、涼やかな音。その快さと裏腹に大男を貫き動きを縛めるその姿はあまりに酷い。


 最期まで怒りの炎を瞳に宿したハーグは、声の出なくなった喉で、それでも抗おうとしていた。アーツという男を、殺そうとしていた。


 自分が息をしていないことに気付いて、慌ててまだ暖かい空気を吸い込んだころ。アーツは鎖を何処かに格納する。彼が振り返った時には、既にハーグの命は完全に消え失せていた。


「さて、仕事は済んだ。本題に入ろうか」


 馬鹿正直にこの男の言うことを聞いて待っていたが、本当にそれで良かったのだろうか。目の前で倒れる男のように、俺も罪人として消されるのかもしれない。そんな防衛本能が、俺に半ば無意識的に刀を抜かせていた。


「止まれ。まずは名乗って……はいたな。そこで動かずに、用件を話せ」


 一瞬首を傾げ、そして男はゆっくり両腕を挙げる。この状態でも俺を殺すことは易い、そんな予感はするが、一旦はこのポーズを信じるか。


「俺はアイラ王国軍魔導遊撃隊特務分室室長、アーツ。本題から言うと、君をスカウトしたい」


「スカウト?」


 王国軍の関係者が国王を殺した俺をスカウトするだなんて、絶対に何か裏がある。そもそも親衛隊を殺すような奴だ、名乗りすら偽りかもしれない。到底信用はできない。


「そう、スカウト。君には注目していてね。国王暗殺の依頼を無事に達成できたら、君を引き入れようと思っていたんだ」


 ひやりと、背筋を死神に撫でられる。正確には、そんな感覚が走る。国王を殺す、そんな大それたことを、この男は採用試験に使ったのだ。


 ダメだ。こんな奴と一緒にいてはいけない、危険すぎる。俺のように、金を受け取って人を殺すとか、そういうレベルの存在ではない。破滅の香りがする。断ろうと口を開こうとしたそのとき、アーツはそれを感じたかのように微笑む。


「君の経歴を調べた。主だった依頼の内容、数、十回縛り首になっても足りないくらいだ。俺なら、これを無かったことにできるよ」


 交換条件、ということか。奴の言うとおり、俺の殺しが明るみに出れば死罪は免れないだろう。なにより、ここで国王を殺した場面を見られている。それを帳消しにしてくれるというのは俺にとって悪い話ではない。


 悪い話ではない。そして、俺も馬鹿ではない。これはただの提案ではなく、脅迫だ。奴が真に軍の関係者なら、断った俺を捉えて死罪にすることは容易だ。親衛隊の面々も証人になってくれることだろう。


 つまりは断る道はないということ。諦めて、俺も刀を納める。もともとこの依頼を受けた時から碌なことにはならないと思ってはいたのだ。これも依頼の一部と割り切って受け入れるしかないだろう。


「わかった。ただし、武器は携行させてもらうからな」


 俺の言葉にアーツは満足そうに笑う。武器の携行もご機嫌で許可をくれた。


「じゃ、ここには部下を迎えに寄越すから。到着まで少し待っていてね」


 そんなことを言い残して、アーツは路地へ消えていった。これからやることがあると言っていたが、どうせまた殺しなりなんなりだろう。あまり深くは探るまい。


 アーツの部下を待つため近くの木箱に腰掛ける。が、座ったのはいいものの周囲がどうにも落ち着けるような様子ではない。国王とハーグの亡骸に、壊れた馬車。ハーグの魔法のせいで周囲の建物が少しずつ燃え始めている。


 早いところアーツの部下とやらが来てくれないと俺までこの火事に巻き込まれてしまう。そして、何より悪い予感。


 この数刻の間にもしそれが起こってしまったら。そんな嫌な予感は、どうにも的中してしまう。鋭い気配と、そして、声。


「咎人、貴様が団長を殺したのか?」

無事危機を脱したレイに、新たな脅威が迫る


次回、 4:神聖の光剣 お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの国王暗殺が試験みたいなものだったなんて!(; ゜Д゜) ハーグさんもすごく強いと思ったけれど、アーツさんは別格な感じがします! このままスカウトされて、特務分室に入ることになるのか…
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